幻の恋人15
 祥吾が手にしたのは蛇が取り巻いているようなデザインの指輪だった。ここにあるのはそんなデザインばかりで、あたし自身はぜんぜん欲しいとは思わなかったけど、言われた通りはめてみる。
「あたし、手が小さすぎるから、こういうところのだとサイズがぜんぜん合わないんだ。ほら、こんなにぶかぶかだよ」
「へえ、マジおまえの指細ぇな。サイズいくつだ?」
「さあ、よくわかんない。でも9だと確実にあまるよ。その下だと7になるの?」
「おまえさ、そういうのふつう女の方が詳しくねえか?」
 あたしがちょっとふくれると、祥吾は笑って話題を変えてくれた。
 それからも、あたしと祥吾は駅前の通りを歩いて、目に付いたものを話題にしながらデートしていった。このあたりは祥吾のテリトリーらしくて、祥吾の中から話のネタが尽きるということはないみたい。しゃべっている祥吾は本当によく笑った。時々祥吾の知り合いに会って、祥吾は声をかけられていたのだけど、彼らは一様に驚いたような顔で祥吾の笑顔を見ていた。一見怖そうに見える祥吾はきっと、こんなに笑う姿を誰かに見せたことなんてほとんどないのだろう。
 サエの父親への言い訳のためにと数学の問題集を数冊買って、本屋を出るとあたりは暗くなりかけていた。たった2時間半のデート。それが、祥吾とあたしにとって最後のデートだった。この次に会うのは大河の種を取り出す満月の夜。だけどもちろん、これが最後だなんて祥吾は夢にも思っていないのだろうけれど。
「それじゃ祥吾。あたしそろそろ帰らなくちゃ。今日はほんとにありがと」
「まだ少しくらい大丈夫だろ? ちゃんと駅まで送ってってやるし」
「ダメだよぉ。お父さんと夕食までに帰るって約束しちゃったんだもん」
「10分だけだ。電車1本見送るだけで済む」
 そう言うと、祥吾はあたしの答えなんか聞かずに手首を掴んで引っ張っていく。あたしも諦めて祥吾についていくと、細い路地に引き入れられた。ほんとにあっという間だった。祥吾は壁が背になるようにあたしを立たせて、そのままキスしてきたんだ。