幻の恋人13
 祥吾の指がアイスコーヒーをかき混ぜる。カラカラと軽快な音を立てて踊る氷を見つめている。祥吾が何を考えているのか、あたしには判る気がした。高校を卒業していない祥吾は、きっと自分がサエとつりあわないって思ってる。
 胸が痛かった。だって、サエはこの世には存在しない、幻の女の子だから。幻の女の子に未来なんかない。サエは一生高校を卒業することもないし、大学に行くこともない。だから祥吾が自分を卑下して悩む必要なんかないのに。
「でもさ、祥吾。あたしが大学行くのって、けっきょく惰性でしかないんだよね」
 目を伏せたままだったけど、祥吾があたしの話をちゃんと聞いているのは判ってたから、あたしは続けた。
「なにをやりたいとか、将来なにになりたいとか、ぜんぜんないの。親が言うとおりの高校へ行って、親が決めた大学へ行って、ただそれだけ。高校の2年間だってただボーッと過ごしてただけだもん。大学での4年間もただボーッと過ごして、たぶんてきとうな会社に就職して、何年か経ったら職場結婚でもしてあとは子育てして。……あたし、祥吾が羨ましい。だって祥吾には自分の夢があって、ありふれた将来のために高校を卒業するよりも夢を実現する方を選んだんだもん。だからあたしは祥吾にあこがれたんだ。自分にないものをたくさん持ってて、ステージの上では1番輝いてて、親が引いたレールをはみ出す勇気を持ってる祥吾にあたしはあこがれたの」
 途中から、祥吾は少し驚いたようにあたしを見つめていた。
「……あこがれ? サエが、オレに?」
「そうだよぉ。だって祥吾、かっこいいもん。……大人はさ、みんな夢を持ちなさいって言うじゃん。小学生の頃とか、毎年必ず「将来の夢」なんて作文書かされて。なにを隠そう、あたしの小学生の頃の夢って「アイドルになりたい」だったんだよー。お母さんだってその時は「夢がかなうといいわね」なんて言っておいてさ。中学入ったら言うことコロッと違うの。勉強しなさい、夢ばっかり追いかけてないで現実を見なさい、いい高校に入らないとちゃんとした大人になれないわよ、って。だったら最初からあんな作文書かせることないじゃん!」
 ドン!とテーブルを叩いたら、祥吾がまん丸な目をしてあたしを見つめた。たぶんサエがそんなことするとは思ってなかったんだろう。
「みんなきっとそうなんだと思う。だから祥吾はすごいと思ったの。自分の夢を、少しずつだけどかなえていこうとしてるから」