幻の恋人12
 このとき祥吾は半ば立ち上がりかけていて、大きな声を出したこともあって周囲の視線を集めていた。祥吾の服装もこの静かな喫茶店にはあまり合ってなかったんだ。黒くて露出の高いタンクトップに皮パン、首にはアクセサリーを嫌ってほど下げて、ピアスももちろん1つじゃない。腕と胸には禍々しいようなデザインのタトゥがあって、これはもしかしたら本物じゃないのかもしれないけど、普通の人には十分に危険な感じを与える。
 そんな祥吾に見つめられているあたしはいったいどんな風に見えているのか。それも気にならなくはなかったけど、ひとまず祥吾の反応の方が気になった。祥吾は周囲の視線に気づいたのか、静かに椅子に戻って、ちょうどトレイを持ってやってきたお姉さんが去るのを見届けてからしゃべり始めた。
「それって、つまり、今もおまえは受験に悩んでて、それでオレのところへ来たってことか?」
 ああ、なんかまずいことを言った気がする。3年前の運命的な出会いに加えて、祥吾の同情心や庇護欲にまで火をつけちゃったよ。
「やだなあ、あたし、そんなに悩んでるように見えるの? あたしがあの店に行ったのは、あそこで祥吾が歌ってるって聞いて、ちょっとだけ懐かしくなっただけなんだから。そうそう、あたし、普通より成長遅かったから。あの頃まだほんとに子供で、まるで男の子みたいに見えたよねー。でも今のあたしだったら祥吾も間違えたりしないよね、ぜったい」
 あたしは一気にしゃべりとおして、運ばれてきた生ジュースを半分くらい飲み込んだ。あたしが場の雰囲気を気にしたことが判ったのだろう。祥吾も微笑を浮かべて言う。
「……ああ、今ならぜったい間違えねえよ。ぜったい、間違えたりしねえ」
「よかったぁ。ほら、祥吾も飲みなよ。ぬるくなっちゃうよ」
 祥吾がアイスコーヒーをかき混ぜている間、あたしは祥吾の手の動きを追っていた。指先でストローをつまんで、くるくると中の氷を回していく。身体全体が痩せているせいか祥吾の指は節くれ立っていて、美幸のまるで女性のような指とはぜんぜん違う。
「……そうか。サエ、大学行くんだよな。オレは高校すら卒業できなかったけど」
「親が行かせてくれるって言うから。ほら、親の顔を立てる、っていうの? これも一種の親孝行」