幻の恋人10
 でも、あたしはどうしてもあと1回、祥吾に会わない訳にはいかなくなってしまっていた。
 サエは受験生で、両親と姉との4人家族。最近祥吾とばかり会っていて、勉強が進んでいないことを、サエは両親に知られてしまった。姉の免許証を無断で持ち出していたこともバレてしまった。そういう筋書きを立ててしばらく会えないと電話をしたのだけれど、祥吾は納得してくれなかったんだ。
 散々ごねられた挙句、学校の校門や塾の入口で待ち伏せするとまで言われて、日曜日なら少しだけ時間が取れるかもしれないとあたしは呼び出しに応じた。あたし自身は少し怒っていたのだけど、こういうときサエなら怒ったりはしない。少し待ち合わせ時間に遅れて走っていくと、祥吾が笑顔で迎えてくれたのが判った。
「遅れてごめんなさい! 出掛けにお父さんに止められちゃって。友達と買い物に行くんだって言っても信じてくれなかったの」
「ったく、おっせーよ。オレ、今でもちょっとは有名人なんだからな。あんま待たせんな」
「ごめんなさい」
「もういって。お、言いつけ通りスッピンできたな。やっぱこっちのほうが綺麗だよおまえ」
 そう笑顔で言ったあと、祥吾は少し照れたように目を伏せて、あたしの腕を掴んで歩き始めた。祥吾と会うのはいつも夕方、ほとんど日が落ちかけているときが多かったのだけど、今日は午後4時の待ち合わせでまだ十分に日が高い。いつもお金のない祥吾はお店に入るにしてもほとんどファーストフードで、でも今日あたしを連れてきたのは駅前のちゃんとした喫茶店だった。視線で疑問を投げかけても、祥吾は大丈夫だという風にあたしの肩を押して入口をくぐった。
 店の中は静かで、冷房が程よく効いていた。ああ、そうか。祥吾はあたしが走ってきたから、できるだけ早く休ませてくれようとして、この店を選んだんだ。付き合っているうちにあたしにも判っていた。祥吾がそうして、強引な中にも気遣いを持って人に接しているんだ、って。
「何でも好きなもの頼めよ。今日はメンバーからカンパせしめてきたから、未だかつてない金持ちになってるんだぜ、オレ」
 あたしは笑顔でうなずいたけど、それはもしかしたらサエではなくて、あたし自身の笑顔だったのかもしれない。