幻の恋人6
 美幸は1年先輩の2年生で、4月にあたしが通い始めた高校に転校してきた。生徒会で同じ役員を務めていた夏、あたしは美幸に告白された。自分に自信がなかったあたしに美幸は、「僕は一二三ちゃんが一二三ちゃんだから好きなんだよ」って言ってくれた。
  ―― 僕が好きなのはかわいい女の子でも、明るい女の子でも、しっかりした女の子でもない。例えば一二三ちゃんがこれからどんな風に変わっていっても、一二三ちゃんに姿も声も性格もそっくりな女の子がいても、僕は一二三ちゃんが好きなんだよ ――
 美幸のその言葉で、あたしは幸せな未来を思い描いた。ずっと美幸を追いかけて、学校を卒業して、やがて結婚してあたたかい家庭を作る。広田の恋人のあの子のように、輝いた笑顔で美幸と過ごしていられる、って。あたしに未来を信じさせてくれたのは美幸だった。
 どうして美幸は、あたしにあんなことが言えたんだろう。あのときよりもずっと前から、美幸には未来なんかなかったのに。
 この6年、あたしはずっと訊けずにいる。美幸がどんな未来を思い描いてあたしに告白なんかしたのか。最初からあたしを美幸と同じものにするつもりでいたのか。それとも、あの告白は本気じゃなくて、1年も経った頃に平然とあたしを捨てるつもりだったのか。
 あたしは変わってしまった。変わってしまったあたしを、美幸はまだ好きでいてくれるのか。
「……明日から、2人目を尾行してみる。時間がないからすぐに接触するかもしれないけど」
「そうだね。でもあせらないで。そっちは無理そうなら来月に回してもいいんだから」
「判ってる。……美幸も気をつけて」
 やさしく微笑みかけてくれる美幸に、あたしは微笑み返すことができない。ずっと変わらず笑顔をくれる美幸に、あたしは笑顔さえあげることができない。美幸のことが好きだって、伝えることもできない。
 きっと、失うことが怖いのだと思う。美幸にはあたしを変えてしまったことに対する負い目がある。だから、たとえもうあたしを好きでなくなっていても、あたしを捨てることができない。あたしが不幸でいるうちは、美幸はずっとそばにいてくれる。
 あたしが変えてしまった大河。あの子を追いかけているうちは、美幸はあたしのそばにいてくれる。だったらもしもあの子を追い詰めて、これ以上種が広がらないようにできたのなら、美幸はどうするのだろう。それでもあたしのそばにいてくれるのだろうか。
 どんなにあたしが変わってもずっと好きだと言ってくれた、美幸のその言葉が、今のあたしが信じたくて信じきれない言葉だった。