幻の恋人5
 それからきっちり1週間、あたしは1人目の会社員を尾行し続けた。広田という会社員は今は恋人がいる。20歳を超えたくらいのかわいい感じの人で、不規則な仕事がお互いに早く終わったときには2人で夕食をとり、週末は必ずと言っていいほどデートしている。あたしたちは大河とのブランクが3年もあるから、この3年のうちに宿主に恋人ができたり結婚したり、そういうことはけっこう多いんだ。今のこの人を満月の夜に呼び出してキスするのはかなり大変かもしれない。
 次の満月は木曜日。もしもデートの最中に広田に根付いた種が活動を始めたら、このかわいい恋人を死なせてしまうかもしれない。あたしにその顔は見えないけど、かわいい仕草と声を持っていて、信頼し切ったように広田に寄り添うこの人。万が一この人が死んでしまったら、それが自分のしたことだと知ってしまったら、広田も深い傷を一生背負ってしまうだろう。
 予定の1週間を終えた日の夜、あたしと美幸はアパートでお互いの情報を交換し合った。
「 ―― 確かに恋人がいるのは厄介だね。その恋人がデートにこられない日は広田はどう過ごしているの?」
「独り暮らしだから、夕食はコンビニ弁当やファミレスで済ませてるみたい」
「だったらその隙を突くしかないか。……一二三、人間の精神を操ることはまだできない?」
 美幸に訊かれて、あたしは目を伏せて首を振った。吸血鬼は人間を食べる。そのための能力として、人間の精神を操る力も備わってるんだ。ふつうは人間の目を見て精神を操るけど、美幸くらいになると眠っている人間でも自在に操ることができる。羽佐間君の記憶を消したのもこの能力の応用だった。
「それじゃ、僕が裏から手を回しておくよ。満月の夜、恋人が仕事でデートに行けないように。そのくらいたいした手間じゃないから」
「ありがとう。……ごめんなさい」
「謝らなくていい。君は新米で、僕はベテランなんだから。できないと思うことは遠慮なく僕に任せて」
 見上げると、誰もが見惚れるほど綺麗な美幸の優しい笑顔があった。……そうか、あたし、羨ましいんだ。広田の恋人は、あたしが普通に生きていればちょうど同じくらいの年。好きな人の腕に絡み付いて、幸せな笑顔を振りまいて、あたしもあんな風でいたかった、って。
 初めて美幸と出会って、過ごした半年間のことを、あたしは今でもはっきりと覚えている。