幻の恋人3
「 ―― 羽佐間君のことを好きだった? 懐いていただけじゃなくて?」
 美幸があたしの背中に問いかける。布団に寝転んで夏掛けをかぶったまま、あたしはかぶりを振った。どうしてそんなことを言うの? あたしには美幸しかいない。あたしが美幸以外の人を好きになる訳なんてないのに。
「羽佐間君が原因なんじゃないの? 一二三が落ち込んでいるのを見るのは僕もつらいよ」
「……大丈夫。落ち込んでなんて、ないから」
「そう、ならいいんだけど。……気がまぎれるなら学校へ行く? この近くにもあるよ。あの学校のような、エスカレーター式の私立学園」
「大丈夫。ほんとに大丈夫だから」
 美幸は優しい。でも判ってくれない。学校へ行ったら、あたしは山崎一二三と呼ばれるの。山崎美幸の妹だ、って。
 周囲のクラスメイトに美幸はあたしを「僕の妹だ」って紹介する。あたしは美幸を「あたしの兄」と呼ぶ。兄妹の振りをしていた方が便利なのは判ってる。だけど、あたしはそう呼ばれて平気でいる訳じゃない。
 それとも、美幸はもう、あたしのことなんか好きじゃなくなってる? 5年前、あたしが大河に種を植え付けたときから。
 あたしはようやく布団から起き上がって、覗き込んでいる美幸と目を合わせた。
「もうすぐ学校は夏休みだって、美幸忘れてる。……そんなことより、調査、してきてくれたんでしょ? 宿主はどんな人だったの?」
「ああ、1人は27歳の会社員。2人目は20歳のミュージシャン。3人目は2人の子供を持つ主婦だった。彼女は僕に任せてくれていい」
 1人が女性なら、もしかしたら次の満月のうちに3人とも片付くかもしれない。あたしは一晩に2人までなら何とかなるから。
 彼らは大河の種を身体に宿している。このまま放っておくと、37月目の満月の夜に殺人を犯してしまうんだ。あたしは大河の種の宿主から種を結晶化して取り出すことができる。美幸にも同じことができるけど、大河と近い血を持つあたしの方が楽に取り出せる。だから本当は美幸に負担をかけたくないんだ。宿主が女性のときは、しょうがないから協力してもらってるけど。
「とりあえず会社員が優先だね。彼は今月37月目を迎えるはずだから。気分が落ち着いたようなら詳しい資料を見せるよ」
 あたしは布団を抜け出して、美幸が資料を広げたテーブルを覗き込んだ。