満月のルビー最終回
 オレの叫びになぜか満面の笑みを浮かべた蓬田は、ベッドに身体を起こしていたオレにいきなり抱きついてきた。理解できない状況にオレの思考が一瞬で止まった。
「よかったぁ。おまえ、自分で気づいてるとは思えねえけど、何気に結城好みの美少年なんだよなあ。気づいてなかっただろうから言わなかったけど、結城のヤツ、入学のときからおまえにコナかけててさ。オレ、マジでおまえのテーソー心配してたんだよ」
 ……こいつ、いったいなに言ってるんだ? オレの背中を叩きながらよかったよかったとつぶやく蓬田を引き離すことすら思いつかず呆然としていた。自慢じゃないがオレはパニクると思考停止して固まる体質なんだ。傍から見るとそれが沈着冷静に見えるらしいけど。
「先輩に訊いたら、授業中あてて答えられない奴を放課後しょっぴくってのが結城の常套手段らしいんだよな。おまえがことごとく答えてたから結城が焦れてたの判ってたし。オレはいつ結城が強硬手段に出るんじゃないかと気が気じゃなくて」
 抱きつくだけではあきたらず蓬田が体重をかけてきて、支えきれなくなったオレはうしろに倒れちまっていた。
「気がついてなかっただろうからついでに言うけど、おまえ、オレがどんな気持ちでおまえのこと見てたのか、ぜんぜん知らなかっただろ。夜中目え覚めて結城にアヤシイことされてるおまえの姿妄想しちまったりさ。ほんと、結城が学校辞めてくれて万々歳だ。クタバレ変態ホモ教師!」
 つーかおまえがクタバレ。と思ったのは、さらに1日入院したオレが無事退院してからのことだった。

 あの日よりも前、1ヶ月くらいの間のことが、あいまいにしか思い出せない。たぶん日常に埋め尽くされて、たいした出来事がなかったからなのだろうとは思う。だけど何かが引っかかっている気がするのだ。白くて深い霧の中で目を凝らすように、もどかしくて、考えれば考えるほどイライラしてくるのだ。
 ただ、1つだけ、浮かぶイメージがある。思い出そうとするとそのイメージだけが浮かんでくる。白くて丸い月と、しみ1つシワ1つない女の細い指。その指がつまんでいるのはルビーのような赤い珠だ。指はくるくるとルビーをもてあそんで、そのたびに月の光がきらきらと反射するのだ。
 白い満月と、赤いルビー。それが何なのか、オレには判らないのだけれど。