満月のルビー23
 男が山崎の腰に手を回して口付ける。山崎も男の首に抱きつくようにして応えていた。衝動的に飛び出していきそうになって、山崎先輩との約束を思い出してとどまる。山崎はけっして好きでしているのではないのだ。それは判っているのに、山崎に何もかもをぶつけてしまいたい。オレは自分が何を思っているのかすら判っていなかったのに。
 長いキスを続けていたそのとき、男の様子が不意に変わった。急に目を開けたかと思うと山崎の両肩を掴んで引き離そうとし始めたのだ。山崎の方は判っていたようで抱きつく腕にさらに力を入れる。見守るオレには男が苦しんでもがいているように見えた。おそらくその通りのことが起こっているのだ。
 初めて山崎を見たあの夜、オレはただ熱烈なキスに驚いて呆然と見守っていただけだった。約1ヶ月の時間、山崎の存在に触れて話を聞いて、そこに生まれている攻防をオレは理解した。山崎の中にある複雑な気持ちさえも。
 やがて長かった戦いが終わって、男はその場に倒れ込んだ。山崎が冷ややかな目で見下ろす。無表情に隠されていたけれど、オレはその山崎の視線の中に蔑みと哀れみと決意のようなものを感じた。
 口の中から赤いルビーを取り出して、月の光に当てたあと、山崎が口にした言葉を今度は聞くことができた。
「37月目。ようやく追いついた。 ―― 羽佐間君、いるならもう出てきてもいいよ」
 オレがこわばった身体を動かして木箱の陰から出ると、山崎はまっすぐにオレを見つめていた。いつもすぐに目をそらす山崎とは別人のようだ。その冷たい表情も。
「……終わったのか?」
「ここはね。でも今夜はまだもう1人残ってる。羽佐間君も手伝ってくれる?」
 オレは少し考えて、山崎が言うもう1人が先輩の追っている種のことだと理解した。
「オレにできることなんかあるのか?」
「1つだけ。羽佐間君がいてくれるとものすごく助かるんだ。お願い、一緒にきて」
 山崎にそう言われて断る理由はオレにはなかった。