満月のルビー10
 深井先輩を殺した犯人はなかなか見つからなかった。オレは犯人は校内の人間だと思っていたけれど、どうやら警察もそう思ったようで、校内には刑事が頻繁に出入りしているようだ。だけどうちの学校は幼年部から大学部までそろった名門私立学園で、出入りが許可されている関係者だけでも5千人を超える。高等部だけに絞ったって千人以上だ。もちろん深井先輩と面識があった人間まで絞ればもっと少なくなるだろうけれど、このところ近くで起きている通り魔事件の可能性もある。そう考えれば否応なしに捜査の手を広げない訳にいかないだろうから、なかなか犯人に辿りつけないというのもうなずける気がした。
 死体発見からさらに10日もした頃、1度学校から帰宅したオレは着替えて待ち合わせの駅へ向かった。予約してあったインディーズのCDを受け取りがてら、蓬田の買い物に付き合う約束をしたのだ。蓬田は散々迷った末に1足のバッシュと中古のゲームを買って帰っていった。蓬田とは駅で別れて、オレは何気なく駅前の繁華街を歩いていた。
 金曜日の夜は人通りも多い。まださほどの時間じゃないけれど、雰囲気に流されてオレはその飲み屋街を歩いていく。と、不意にその姿に気づいたのだ。いつもとは違うイメージの、だけどオレが1度だけ見たことがある山崎に。
 たぶん、オレ以外の人間だったら、今目の前にいるのが山崎だとは気づかなかっただろう。
 ストレートの髪にはメッシュを入れて一部アンバランスに結い上げている。きれいに化粧した顔と赤すぎる口紅。黒いラメの入ったショートパンツから惜しみなく生足をさらして、時々ケータイを気にしながら周りの様子を伺っていた。あの満月の夜に初めて会ったときの山崎が、時と場所を移して今目の前にいたんだ。
 山崎はすぐにオレの視線に気づいた。少し驚いたように目を伏せたから、オレは思い切って近づいていった。何を言おうと考えていた訳じゃなかった。
「ここ、危ないぞ」
 小柄な山崎ははっとしてオレを見上げた。
「結城の担当区だ。金曜は特にそんな格好で出歩いてると補導される。エンコーならこのあいだの駅のほうがマシだ」
 それが、オレと山崎が初めて交わした会話だった。