満月のルビー8
 蓬田の奴はオレに怒鳴り散らして、でもオレがたいした反応を見せなかったからか、怒ってほかのクラスメイトのところへ行ってしまった。オレは別にノンキな訳でも薄情な訳でもない。ただ、オレはパニックを起こしたとき思考停止するタイプで、発散型の蓬田とは思考回路が違うだけなんだ。そんなオレは傍から見ると物に動じない沈着冷静な奴に見えるらしい。
 やがて担任の結城の指示で講堂兼体育館に連れて行かれて、事件の簡単な説明とマスコミへの対応について、今後落ち着いて勉学に励むようになどという教授を受けたあと、再び教室に戻る。その頃にはオレもずいぶん冷静にものを考えられるようになっていたから、講堂から戻って再び担任が現われるまでの間、椅子に座ってぼんやりと事件について思っていた。
 オレが最初にこの話を聞いたのは、山崎が転校してきた翌日だった。そのとき誰かが「一昨日の夜から行方不明になっている」と言ってたから、電算部の深井先輩が行方不明になったのは、まさにオレが初めて山崎に会ったあの満月の夜だということになる。深井先輩も全身をナイフのようなもので傷つけられていた。ということは、先輩も満月の通り魔の被害者だったんだ。
 オレはふと山崎に視線を走らせた。山崎はショックを受けたようにうつむいたままほかの女子に慰められていて、オレの位置からは山崎の横顔だけが見える。両手を握り締めて唇を震わせている様子は本当にショックを受けているようにしか見えないのに、なぜか違和感を感じた。しばらく見つめていて判った。うつむいて伏せられているはずの目が、何かを考えているように一点を見つめていたんだ。
 満月の通り魔。まさか、本当に山崎が犯人なのか……?
 いや、あの時山崎はまだうちの学校の生徒じゃなかった。深井先輩と直接の面識なんてなかっただろう。たとえ面識があったとしても、世間で学校内の通り魔犯罪が増えてからうちの学校は徹底して外部の人間を入れないようにしているから、わざわざ校内で犯行に及ぶ理由なんてない。もちろん夜中に誰かが忍び込むなんてことも無理で。
 とんでもないことに気づいた。校内の鍵のかかった倉庫で人を殺すなんてこと、この学校の人間以外には不可能だ。
 そのとき、オレの耳にその声が届いていた。
「 ―― やっぱりお兄さん、電算部やめさせたほうがいいよ。なんか怖いじゃん」
 声は山崎を慰めていた女子の1人で、そのときオレは初めて、山崎の兄が電算部に入ったことを知ったのだ。