満月のルビー9
 山崎の兄という人は校内で何度か見かけたことがある。小柄な山崎とは違って身長も平均以上はあったし、少なくとも内気な人には見えなかった。たまたま体育が一緒の時間なのだけど、電算部なんかにはもったいないくらい運動神経のある人だ。女子が言ってた通り山崎に似た雰囲気があって、ひと目見てすぐにこの人だと判った。
 ホームルームが終わって、担任が教室を出ようとしてふと足を止めた。開いたドアの向こうに山崎先輩が立っていたからだ。クラスの女子の間で小さい悲鳴とざわめきがおきる。だけどオレが驚いたのは、担任の結城が表情を緩めて微笑を浮かべたことだった。
「どうした、山崎」
「あ、ええと、妹を迎えに来ました。事件のこともあるし、いろいろと心配なので」
「そうか。……それじゃ、また明日部活でな」
「はい」
 対する山崎先輩は終始笑顔で、いくぶん照れているようにも見えた。さすが兄妹だけあって、そういう表情は山崎にも共通するものがある。結城は1度だけ先輩の肩をたたいてから教室を出て行った。どうやら先輩はそうとう結城に気に入られているらしい。
 そのまま先輩は教室に入ってきて、姿を見て立ち上がりかけた山崎ににっこり笑いかけた。山崎の方はたいして表情を変えなかったけれど、周囲の女子からはため息が漏れた。確かにきれいな人だと思う。もしも結城がホモだという噂が本当なら、事件とは別の意味で電算部は先輩にとって危険な場所になるだろう。
「さ、帰ろうか」
 そういうと、先輩は持ってきた紙袋からつばの広い帽子を取り出して、山崎の頭にかぶせていた。その淡い空色の帽子は山崎にはよく似合っていたけれど、うちの制服には合ってない。先輩、こんなものを持って登校してきたのか? 確かに身体の弱い妹を炎天下1人で歩かせるのは心配だろうけど、オレが見る限り山崎先輩はかなりの兄バカだ。
 クラスの女子は思いがけず先輩と近くで対面したことで、これを機会に自分をアピールしたかったらしい。いろいろと話しかけていたけど、先輩は笑顔であしらって早々に山崎を連れてドアを出て行った。