真・祈りの巫女278
 あの時あたしは、リョウを失うのが怖かった。だから神様に祈ったの。 ―― リョウの命を助けて欲しい、って。
 それはあたし自身の願いだった。自分以外の誰かのためでも、村のためでもない。あたしは自分の願いを神様に訴えたの。自分に関する祈りの力は強い。だから祈りは神様に通じて、あたしはリョウを失わずにすんだ。
 自分の祈りをあたしは戒めていたはずだった。それなのに、あの時あたしはまったくためらわなかったんだ。……守護の巫女が言った通りだよ。1度禁忌を踏み越えてしまった祈りの巫女は、再び禁忌を踏み越えないとは信じられないんだ。
 今はいい。リョウの命を救うことが直接村を救うことにつながるから。だけど、これから先、あたしは祈らずにいられるの? もしもリョウが狩りで死にそうなほどの怪我を負ったら、あたしは自分の願いとして神様に祈りを捧げずにいられるの……?
「リョウ……」
「……ん? どうした?」
 あたしの小さな呟きに、リョウは優しく答えてくれる。あたしはもう2度とこの人を失いたくない。
「なんでもないの。……ごめんなさい。リョウも疲れてるのに」
「たいして疲れてない。ここから西の森まで往復走っただけだからな。ほかの狩人の方が何倍も疲れただろ」
 あたしが身体を起こしたそのとき、急にあたりが騒がしくなったの。たぶん神殿にはもう影の全滅は届いていて、だから村人もそろそろ村へ戻ってきているのだろう。だけど周囲の騒がしさはそれとは違うみたい。話し声の中にあたしの名前も聞こえたから、あたしは祈り台の上から顔を覗かせてみたんだ。
「あ、祈りの巫女! ……やっぱりここにいるじゃないか」
「どうしたの? なにかあったの?」
 あたしの顔を見て困惑する神官たちの様子が普通じゃなくて、あたしは訊いてみた。神官たちは戸惑ったように顔を見合わせてたんだけど、やがてそのうちの1人があたしに言ったの。
「とりあえず、祈りの巫女はタキと一緒に神殿へ戻ってくれないかな。……オレたちも何がなんだか判らなくなってるんだ」