真・祈りの巫女274
 集中が乱れるのは、けっしてリョウとタキが傍で会話しているせいじゃなかった。本当に集中してしまえば、あたしはまわりのことなんか一切感じなくなるもの。クレーンに意識を向けると必ず襲ってくる獣鬼の邪念。集中すればするほど邪念は執拗にまとわりついて、あたしの意識を撹乱して、それ以上触れていようとする気力を奪っていく。
 まるで汚泥の中に放り出されているみたい。べっとりとまとわりついて、悪臭さえ漂ってくる。これは比喩じゃなくて本当に悪臭がするんだ。現実の悪臭なら鼻をつまめば和らぐけど、心の悪臭にはそんなことをしても無駄だった。何にたとえることもできない、今まで嗅いだことのない嫌な臭い。獣鬼との心の距離が近づけば近づくほど、汚泥が肌にまとわりつく嫌な感じと強烈な刺激臭にあてられて、頭がクラクラしてくるの。
 遠くに見えるクレーンは、ローダが近づいてくると動きを変えた。ローダの方に長い腕を向けてその大きな身体を持ち上げようとしているのが判る。その隙を突こうと狩人たちがクレーンの身体にまとわりつく。1人の狩人がクレーンの甲羅のあたりまで上っていたけれど、ローダを持ち上げたその動きに振り回されて滑り落ちそうになっていた。
(ダメ! 止まって! お願い止まってよ!!)
 クレーンの動きはそれまでよりはずっと緩慢だったけど、でも止まることはなくて、とうとうローダを穴の反対側へ下ろしてしまったんだ!
「クソッ! ダメか」
 あたしが絶望にふっと気を緩めたときリョウのその声が飛び込んできた。視線でローダの動きを追うと、ローダがまっすぐにあたしの方に向かってこようとしているのが見えたの。
「出口の光が小さくなってるな。おそらくこれ以上は出てこないだろう。タキ、今まで出た獣鬼の名前を復唱してくれ」
「順番にクレーン、ローダ、ショベル、そしてブルドーザだ」
「よし! 俺はローダを止める。……俺があのかがり火を突破されたらこいつを逃がせよ!」
 そう言って、リョウはあたしを振り返りもしないで、ローダめがけてまっしぐらに駆け出したんだ!