真・祈りの巫女272
 西の森の沼まで続く道には今はかがり火が焚かれて、あたりを夕闇ほどの明るさに照らし出している。もともとそれほど広い道ではなかったけど、何度か影が通ってそのたびに少しずつ木々をなぎ倒していたから、遠くからでも意外に広く見通すことができた。道のあたりに人影は見えない。でも、何人もの狩人が近くに隠れて様子を伺っているのは明らかだった。
 あたしは祈り台に座って、いつでも祈りを始められるように既にろうそくを並べ終えていた。すぐ隣にはリョウが立ってる。そのうしろにタキがいて、リョウが教えてくれた名前をすぐに書きとめられるように筆と紙を用意している。月が出てからの時間がものすごく長かった。あたしも、ほかの2人も、まるで息をするのを恐れるかのように静まり返っていたの。
 緊張するあたしたちを最初に震わせたのはその光だった。今はかがり火の光をわずかに反射してより深い闇を際立たせている沼の水。その水面の上あたりに、かがり火とは明らかに違う種類の光が生まれたんだ。
「来たな」
 リョウが短くつぶやいた声には誰も答えなかった。光は丸く歪みながら広がっていって、木々の高さの2倍程度の大きさになったとき微妙に色を変えながら蠢動した。光は水面に垂直に立つ円盤のような形をしていたの。そして、その中央から、いきなり何かが出てきたんだ。
「……なんだよあれ。……何もないところからなんで……!」
 円盤の中央から出てきたのは、何か長い角のようなもの。それはみるみるうちに長く伸びていったの。円盤の向こう側には何もないのに。まるでそこにドアでもあるみたいに、細長い何かと、やがてそれより何倍も大きな身体が出てきたんだ。しかも宙に浮いてる!
「やっぱりあいつが先頭だな。……形と名前を覚えろよ。あの獣鬼の名前はクレーンだ」
「クレーン……?」
 あたしのつぶやきにリョウは無言でうなずいた。リョウのうしろでタキがあわててクレーンの名前と身体の特徴を書き記している。
「クレーンはあの長い腕で重いものでも簡単に持ち上げることができる。おそらくあいつがほかの獣鬼を運んで穴を突破するはずだ。まずはあいつを止めなけりゃならねえ。クレーンさえ動けなくすれば獣鬼は穴を突破できないはずなんだ」
 リョウがそう言い終える頃には、クレーンはその奇妙な全貌を現して、地上にゆっくりと降り立っていた。