真・祈りの巫女266
 もはや誰ひとりとして、リョウに反論できる人はいなかった。
「確かに、前回の獣鬼の来襲では村人に死者は出なかった。だけど、獣鬼が1回襲ってきたら、その都度確実に「村」は死んでる。少しずつ、確実に、「村」は死んでいくんだ。……俺はこれ以上村を死なせたくない。今まで獣鬼と戦ってきた村の狩人たちも、そのほかの村人たちも想いは同じだ。祈りの巫女も。……おそらく、記憶を失う前の俺自身も」
 そう、か。リョウはここにいる神官たちや巫女たちと違うんだ。ううん、リョウが違うんじゃなくて、あたしたちがほかの村人たちと違ってしまってる。リョウは、あたしも想いは同じだと言ったけど、きっとあたしだって本当には判ってなかったよ。村の人たちの、村に対する想い。それは村に根付いて生きてきた人だけが語ることができるんだ、ってこと。
 リョウはきっと、この2日間村の人たちと語り合って、その想いを感じたんだ。だから命がけで村を守ろうとしてくれる。たとえ記憶がなくても、この村を愛する心がリョウのどこかに残っているんだ。
「とにかく祈りの巫女は俺が守る。俺にだってこいつの命は大切なんだ。自分の婚約者を無用な危険にさらそうなんて思ってない。だが、こんな不確定な力でも今の俺には必要だからな。今、祈りの力が通じなければ、今後どうやったって通じるとは思えないだろ」
 そう言ってリョウが少しだけ笑みを見せたから、その場の緊張が幾分ほぐれていた。
「もし、祈りの巫女の力が影に通じなかったら ―― 」
「そのときは祈りの巫女と心中するだけだ。覚悟しとくしかねえよ」
 さっきからずっとリョウに反論の言葉を投げかけてきた神官、彼は聖櫃の巫女付きの神官で名前はカイって言う。そのカイは、周りの神官たちと顔を見合わせて、やがて1つ溜息を吐いて目を伏せた。そして、何かを思い切るように話し始めたの。
「……リョウ、君がそこまで正直に話してくれたから、オレも正直に言う。オレたちも今まで別に遊んでた訳じゃないんだ。過去の文献を読み返して、歴史上これほど大きな災厄がどうやって退けられてきたか、その研究をしていた。オレたちの結論はこうだ。 ―― 祈りの巫女の力だけでは、この災厄を退けることはぜったいにできない」
 カイの静かな声に、その場はしんと静まり返っていった。