真・祈りの巫女259
 リョウを抱きしめながら、あたしは自分が以前と変わっていることに気がついていた。初めてリョウに怒鳴られたとき、あたしはリョウが怖くて逃げ出した。でも、今は少しも怖いと思わないもん。怒鳴られた瞬間はびっくりしちゃうけど、それで逃げ出そうなんて少しも思わなかった。
 以前のリョウは、あたしが怖がるから、あたしに怒りをぶつけることができなくていつも優しく振舞っていたの。あたしが背を向けたときの記憶は、リョウの中から感情をあらわにする行動を奪ってしまったみたい。いくらあたしが「怖くない」と言っても、リョウの記憶を消すことはできなかったんだ。今この時だけ、あたしは記憶のないリョウに感謝したい気持ちだった。だって、あたしが欲しかったのは、あたしに対してどんな感情も隠すことのないリョウだったんだから。
 腕の中にいるリョウの戸惑いが伝わってくるみたいだった。顔を覗き込んでみると、唇を固く結んで目を見開いたリョウが見えたの。その表情は、もうすぐ20歳になる男の人なのに、すごく幼く見えた。
「リョウが死んで、あたし、自分が怖かった。自分がだんだんユーナじゃなくなっていくのが判るの。人を疎んだり、影を憎んだり。それは今でもたぶんあたしの一部なんだと思うけど、リョウがいないだけであたしはどんどん醜い自分に変わってた。……リョウじゃなくちゃダメなの。ほかの誰でも、たとえシュウだって、あたしの中にいるリョウの代わりはできないの。だからお願いリョウ。あたしから、離れていこうとしないで」
 言葉の途中から、なぜかリョウは目を伏せて、表情を隠してしまう。あたしには自分の言葉がリョウにどう受け止められたのか判らなかった。しばらく沈黙の時間が続いて、やがてリョウはほとんどかすれたような声で言ったんだ。
「……悪かった」
 あたしにはその謝罪の意味が判らなかったから、リョウの次の言葉を待った。でも、それきりリョウは言葉を続けようとはしなくて、また沈黙が流れていったの。あたしはその意味を追求することができなかった。リョウを問いただしたとき、その口からいったいどんな言葉が飛び出してくるのか、あたしは想像することすらできなかったから。
 怒っているリョウを怖いとは思わなかったけど、沈黙するリョウがあたしにはすごく恐ろしく思えた。