真・祈りの巫女243
 その草原は薄暗くて、おそらく周りにはたくさんの人たちがいるはずなのに、気配だけで姿を見ることはできなかった。
 あたしの目の前にはリョウが立っている。自信に満ちた表情をしているのに、あたしは不安になるの。だって、ブルドーザは恐ろしい獣鬼だから。リョウはそのブルドーザを倒すために今ここにいるから。
「来たな」
 短く言って、リョウが草原を駆けていく。その向こうにはブルドーザがいる。大きく咆哮を上げて、すさまじい勢いでこっちに向かって走ってくるはずなのに、あたしには止まっているようにしか見えない。急にあたしは恐ろしくなる。だって、あの獣鬼に殺されたのは、今走っていったリョウなの。リョウはあの獣鬼に殺されて、バラバラになっちゃう。リョウだと判らないくらいに潰されてしまう。
「リョウ、お願い戻って!」
「大丈夫だ! 俺は死なない!」
 ううん、リョウは死んじゃうの! あのリョウは自分が死んじゃうことを知らない。でもあたしは知ってるの。だから戻って欲しいの。だって、リョウは死んじゃうんだもん。あたし、リョウが死んじゃうことを知ってるんだもん!
 祈らなきゃ。祈りでブルドーザの足を止めなきゃ。でも、神殿でもあたしの祈りは通じなかった。それに、止まっているように見えるブルドーザを、どうしたら止めることができるの? どうしよう、あたし、リョウを助けるために何もできないよ。
 焦りだけが心の中を支配する。それ以上、あたしはその光景を見ていることはできなかった ――

 気がついたとき、あたしはベッドの中にいる自分を見つけた。一瞬何が現実なのか判らなくなる。リョウは獣鬼に勝つことができたの? ……ううん、リョウはまだ獣鬼と戦ってない。あたしは夢を見ていたんだ。
 夢の詳細を思い出して、あたしはぞくっとしたの。もしも、もしもあたしの祈りが通じなくて、獣鬼の足を止めることができなかったら、あたしを信じて任せてくれたリョウはどうなるの? 獣鬼の動きが止まって、リョウが近づいた瞬間、再び獣鬼が動き出したとしたら。
 あたしはまたリョウを死なせてしまうかもしれない。判っていたはずなのに、その不安が急に現実味を帯びて、あたしの身体を震わせていった。