真・祈りの巫女238
 用心しながらリョウに近づいて、うしろからあたしも穴を覗き込んでみる。その穴はかなり大きく掘ってあって、深さだけでも人の背丈の2倍くらいはありそう。幅は3倍くらいで、長さにいたっては10倍くらいはあったかもしれない。森の道幅よりもずっと長く掘ってあるから、もしも獣鬼が迂回しようとしたら、木を何本もなぎ倒さなければならないだろう。それに、1度落ちたら這い上がれないように、縁が内側に向かって斜めになっていたんだ。
 正直、こんなに本格的な穴ができてるなんて、あたしは思ってなかった。これなら空でも飛ばない限り獣鬼がこちら側に渡ってくることはできないよ。
「森の中へ行きたいんだ。どこから行くんだ?」
 リョウはたまたま近くにいた人に尋ねる。彼は神官のセリで、ちょうど視察に来ていたところみたいだった。
「ああ、祈りの巫女にリョウ。森を見にきたのかい?」
「そうだ。影が現われるという沼を見せてくれ」
「森の南側から回っていけるよ。案内してあげよう」
 そう言ってセリが案内してくれたのは、とても道と呼べるようなところじゃなかった。もちろん普段はみんな道を通って森へ行ってる訳だから、そんなところを人が通ったことなんてないんだ。木の隙間を掻き分けて、やっと穴の反対側へ出る頃には、あたしは足に引っかき傷をいくつも作ってしまったの。そこでセリにお礼を言って別れて、あたしとリョウは森の道を奥へと進んでいった。
 幼い頃、あたしはこの森が怖くて、独りで歩くなんてことはぜったいにできなかった。シュウのことを思い出してからもその気持ちは少し残っていて、シュウの命日にはいつもリョウに一緒についてきてもらってたんだ。2人で森の道を歩きながら、ポツリポツリとシュウの思い出話を語る。だから、あたしはこの森にくると、自然にシュウのことを思い出してしまうみたいだった。
「リョウ、あまり近づくと危ないよ。この沼は底なし沼になってるの。落ちたら自分1人では抜けられない」
「誰か落ちた奴でもいるのか?」
「ええ。あたしが2回落ちて、その最初の時には助けてくれた幼馴染が死んだわ。……今でもこの沼に沈んでいるのよ」