真・祈りの巫女218
 キスのあとのリョウは無言で、あたしを引き離して立ち上がったあと、あたしも立たせてくれて、そのまま左手であたしの右手を掴んで歩き始めた。振り返らないリョウの背中を見ながらあたしは、初めてリョウがキスしてくれた時のことを思い出したの。あたしがまだ14歳だったあの時、やっぱり無言で背中を向けていたリョウは、そのあと振り返って「自分に驚いてた」って言ったんだ。同じ雰囲気を持つリョウは、もしかしたらあの時と同じく、自分の行動に驚いてるのかもしれない。
 リョウは背中を向けていたけど、歩き方はゆっくりで、あたしに合わせてくれてる。気を遣ってくれてるのがすごくよく判ったの。だから、背を向けててもぜんぜん無視されているようじゃなくて、むしろ大切にされているって、あたしは嬉しかった。まるで心の底から突き上げてくるみたい。リョウのことが愛しいって、それだけで心の中がいっぱいになるの。
 リョウも今、同じ気持ちだよね。あたしの記憶なんかなくても、ちゃんとあたしを選んでくれたんだよね。だって、こんな気持ち、止められないんだもん。同じじゃなかったらキスなんかしてくれないよね。
 しばらくの間、沈黙したまま歩き続けていたリョウは、だんだん速度を緩めてやがて立ち止まった。
「……おまえ、本当に俺でいいのか……?」
 あたし、今までずっと幸せな気分でいたから、思いがけないリョウの低い声にすぐには反応できなかった。
「俺はおまえの婚約者だったリョウとは別人かもしれない。……それで、おまえはいいのか?」
「……どうして? リョウはあたしのリョウよ。さっきも説明したじゃない。リョウ、あたしの言うことが信じられないの?」
「俺が死んだリョウと同じ人間の可能性があるってことは判ってる。おまえが言うことは間違ってないし、俺自身もおまえの覚えてるリョウが自分かもしれないって思う。だけど、そのほかにも確かなことがある。……俺は、おまえと過ごした時間を覚えてないんだ。これから先、思い出を語り合うことができない恋人を、おまえは好きでいられるのか? 俺がおまえの記憶の中にいるリョウとぜんぜん違う行動を取ったとしたら、それを許すことができるのか?」
 もし、これからのリョウが、今までのリョウからは考えられない、ぜんぜん違うことをしたとしたら ――
 リョウの言うことは、今のあたしにはまるで想像もつかないことだった。