真・祈りの巫女216
 不意に気をそらした瞬間、あたしの両腕の間からリョウの腕が引き抜かれていた。ハッとしてそちらを見ると、リョウは既に駆け出していたんだ。
「リョウ! 行かないで! ダメーッ!」
「そこにいろ! 俺は同じ奴に2度も殺されたりしない」
「戻ってリョウ! いやあぁーー!!」
 それから、あたしはずっと訳の判らないことを叫び続けていたような気がする。1度あたしに声をかけたあとはもうリョウは1度も振り向こうとしないで、あたしから十分離れたあとは警戒しつつ、自らが獣鬼と呼んだ影に近づいていった。あたしは恐怖のあまりその場から動くことすらできなくて、ただリョウを引き止めたくて、ずっと叫んでいたの。でも、リョウの耳にはたぶん、あたしの叫びは届いていなかった。すぐ傍まで近づいていったリョウは、少し影を見上げたあと、影の死骸に手をかけてその身体に登り始めたんだ。
 あたしの驚きと恐怖は最高潮に達しようとしていた。だって、まさかリョウが影の死骸に登るなんて思ってなかったから。リョウの行動を止めたくて、でもあたしは影に近づくことだけはどうしてもできなかった。どうしたのか、いつの間にかリョウは影の甲羅の間に入り込んでいたの。そして、次の瞬間、凄まじい咆哮を上げて、影が目を覚ましたことがあたしにも判ったんだ。
「キャアアァァーーーーー!!」
 今まで1度も聞いたことのない影の咆哮は、少し雷が落ちた時の音に似ていたかもしれない。あたしの悲鳴は影の咆哮にかき消されてたぶんリョウには届いてなかった。もちろんこの影の目覚めにリョウが気づいてない訳ないよ。影の身体が震えていることが遠目でもはっきり判るんだから。でもどうしてリョウは逃げてくれないの?
 あまりの恐怖に、あたしはもしかしたら正気を失いかけていたのかもしれない。気がついたとき、あたしはその場に崩れ落ちて、リョウに両肩を揺すられていたの。いつしか影の咆哮は止んでいて、あたりはふだんの静けさに包まれていた。
「 ―― おい、大丈夫か? しっかりしろ! もうあいつは動かない」
 リョウの表情には焦りが見えて、あたしを心配してくれているのがはっきり判ったから、あたしは思わずリョウにしがみついていた。