真・祈りの巫女215
「……先にタネを明かす奴があるか。ほんとに判らねえ女だな」
 そう言ってリョウが立ち上がったから、あたしはリョウの腕にぶら下がるようにして続いた。
「見るだけよ。だって、リョウは狩りの道具も持ってないし、病み上がりなんだもん。ゆっくり近づいて、もしも影が少しでも動く気配を見せたら、すぐに逃げるのよ。ぜったい戦っちゃダメなんだから」
 あたしが必死に訴えると、リョウは少し目を細めてあたしを見て、空いている方の手でちょっと頭をなでたの。ドキッと、あたしの胸が鳴る。だってその仕草は、記憶を失う前のリョウにそっくりだったから。
 リョウの腕にぶら下がったまま森を大きく迂回すると、やがて広い草原が顔を見せた。夏の盛りの今は草が長く生い茂っていて、あたしだと膝のあたりまで埋まってしまう。リョウが先に立って草をかき分けながら歩いて行くと、やがて遠くになにか大きなものが見えたんだ。黄色みを帯びた岩のように見えたそれは、近づくにつれてその歪な形をあらわしていく。複雑な直線を組み合わせて生み出される輪郭。まるで全身が凶器でできているかのようで、こんなに遠目でありながら、あたしは次第に恐怖に支配されていったの。
「まさか……ジューキ……?」
 そう呟いて思わず駆け出していきそうになったリョウをあたしは強引に引き止めた。
「リョウ! 待って! 今なんて言ったの? リョウはあれを知ってるの?」
 振り返ったリョウは信じられないような驚きに支配されていた。リョウの頭の中で何かが忙しく行き交うのが見つめていたあたしには判ったの。
「こんなところにあいつが……。……あれは獣鬼だ。俺はあいつを知ってる」
「獣鬼……? リョウ! あの影の名前は獣鬼というの?」
「……俺はあいつに殺されたのか……!」
 リョウはもうあたしの言葉なんか聞こえないみたいで、必死に引きとめようとするあたしの力にも気づいてないみたいだった。あたしは、記憶がないはずのリョウが影の名前を知っているかもしれない事実に、半ば呆然となりかけていた。