真・祈りの巫女191
 台所に戻ると、カーヤは今度はオミの夕食を用意していた。あたしがこんなに早く病室から戻ってくるとは思ってなかったみたい。あたしは祈りの準備をして、カーヤを置いて1人で宿舎の外に出たの。外はすっかり日が落ちて、星がちらほら見え始めていた。
 空を見上げていると、今この村が影の脅威にさらされていることなんて、まるで嘘のような気がしてくるの。だって、空は何も変わってないんだもん。神殿には避難所が次々に増えて、村も影に壊された家や畑が風景を変えているのに、空だけは変わらない。きっと何1000年も昔から、空は少しも変わっていないんだ。ずっと昔の、初めてこの村に生まれた予言の巫女や、2代目祈りの巫女のセーラも、今のあたしと同じように空を見上げたんだろう。
 神様、あなたは覚えているの? ずっと昔、あなたに祈りを捧げたセーラや、あなたの神託を受けた予言の巫女のことを。
 あたしのことを覚えていてくれるの? 村の禁忌を犯して、一生誰にも言えない言葉を背負ってしまったあたしのことを。
 神殿に入って、ろうそくに聖火を移しながら、あたしは今まで思いもしなかったことを考えていたの。あたしは深く考えたことがなかったんだ。この村は、ものすごく長い時間をかけて、たくさんの人たちの手で作り上げてきたんだってこと。
 空の時間から見たら、神様の時間と比べたら、村の命もあたしたち人間の命もものすごく短い。それでも精一杯生きて、自分ができなかったことを次の世代に託して、今ここに1つの村が生きてるんだ。見慣れた村の風景も、ぜんぶ小さな命の積み重ねでできてる。そんなたくさんの命に支えられて、大切に育てられてきたこの村を、影は一瞬で破壊しようとしてるんだ。
 今なら判る気がする。歴代の祈りの巫女たちが、自分の命を削ってまでも村を守ろうとした理由が。
 この村は、今生きている村人だけじゃなくて、過去に生きてきた1人1人の想いの結晶なんだ。川も、木も、家も畑も、人が愛して育んできた。そんなたくさんの人たちの想いが散るくらいなら、自分の命を捧げても悔いはないって、そう思ったの。だって、祈りの巫女には村を守る力があるんだもん。祈りの巫女は、村に属した1つの命なんだもん。
 自分の祈りが通じなかったあの時あたしは、役に立たないなら死んでもいいって、そう思った。今はそんなことは思わないよ。だって、こんな大切な村を守るために役に立たないまま死ぬなんて、そんなことできるはずない。祈りの巫女としての役割をきちんと果たして、それからでなければあたしは死んだりできないんだ。