真・祈りの巫女148
 リョウは何もしゃべらなかった。ずっとあたしを睨んだままで、口元に水差しを近づけても飲もうとしなかった。まるで野生のリグの子供みたい。時々身体に痛みが走るのか、眉を寄せて息を止めていたけれど、薬を差し出しても顔を背けるだけだった。
「これ、すごい匂いがするけど、けっして毒じゃないのよ。タキが調合してくれて、実はリョウ、眠ってる間に何回か飲んでるの。身体の痛みを取るのと、あと傷が化膿するのを防いでくれるんだって。だから飲まないと元気になるのが遅くなっちゃうのよ」
 あたし、なんとなく子供を扱うみたいにリョウに話し掛けていた。リョウがあんまりかたくなに拒絶するから、まるで反抗期の子供を相手にしているような気がするの。そんなリョウを見ていてふっと思った。ずっと前に母さまやマイラが話してくれた小さな頃のリョウって、こんな感じだったのかもしれない。
 もちろんリョウは大人だから、そうしてずっと睨まれたままでいるとすごく怖かった。でも、あたしなんかよりもリョウの方がずっと怖い思いをしてるの。だから、あたしはできるだけリョウを怯えさせないように、笑顔で優しく話し続けていた。
「そうだ、リョウが眠ってる間ね、あたしとタキとランドで勝手に家に入っちゃったの。台所も使っちゃった。あたし、リョウの目が覚めたら真っ先にそれを謝ろうと思ってたのよ。ごめんなさいね、リョウ。でも、もちろんあたしはリョウの狩りの道具には触れてないから安心して。ランドがきれいに整備してくれたけど、ランドだったらリョウも許してくれるよね ―― 」
 少しでもリョウが記憶を思い出しす手助けがしたくて、あたしはしばらくの間、リョウにいろいろなことを聞かせていた。ランドの話から、夏の狩りの話。それから秋の結婚の話になって、神殿の結婚式の話から守護の巫女や運命の巫女が結婚した時の話。そのあたりまで話したとき、入口の扉がノックされたの。リョウの顔に緊張が走るのを見て、できるだけ穏やかな仕草で言い置いて部屋を出ると、外からタキが入ってくるのが見えた。
「祈りの巫女、リョウは?」
「目は覚めてるわ。だからあんまり大きな声は出さないで。ちょっと話しておかなければならないことがあるの」
「とりあえず安全なんだね。……判った。たぶんもうすぐランドもくると思うけど、先に聞かせてもらおうか」
 タキは持ってきた荷物をテーブルに置いて、中身を広げ始めた。