真・祈りの巫女147
 今のリョウは、小さな頃のあたし。シュウが死んでしまって、怖くて、6歳のあたしは記憶を閉ざした。リョウは影と戦って死ぬほどの目にあったんだもん。その時の恐怖の記憶と一緒に、あたしの記憶を失ったとしたってぜんぜん不思議じゃない。むしろ1度死んだ人が平然と生き返ることの方が不自然だよ。だってリョウは死んだんだから。その瞬間の恐怖って、きっと普通に生きてきたあたしたちには想像もできないものだろうから。
 リョウ、あたしのことを知らないって言った。あたしの名前を聞いても思い出さなかった。自分が建てた家のことも、自分の名前すらも覚えてない。……どんなに不安だろう。誰が味方なのかも判らなくて、まわりのすべてに怯えて、身体に触れられることを恐れてもあたりまえなんだ。それに、リョウは今動けないの。なにも判らない状況に放り出されて、それだけでも不安なのに、安全なところへ逃げることすらできないと思い知らされるのは、この上なく不安なことに違いないよ。
 こんなところで泣いてる場合じゃない。あたしなんかより、リョウの方がずっと辛いんだ。小さな頃のことはもうほとんど覚えてないけど、記憶がなかったあたしはきっと、リョウがいたから生きてこられた。リョウが優しくしてくれたから耐えられたの。だったら、今度はあたしがリョウに優しくしてあげる番だ。
 さっきのリョウ、あたしが14歳の時に1度見たリョウに似てるって気づいた。あの時、あたしを睨みつけて、大きな声で怒鳴って、あたしが怖くて逃げ出してしまったあのリョウに。でも、そんなリョウだってリョウの一部だもん。今度は逃げないよ。リョウの記憶が戻るまで、あたしはずっとリョウの傍にいて、リョウを守ってあげる。
 いつの間にか完全に日が落ちてしまったから、あたしは台所に灯りを入れて、顔を洗った。それから小さくリョウの寝室をノックする。返事はなくて、できるだけ音を立てないようにドアを開けると、ベッドの方から視線を感じた。
「リョウ、起きてたのね。……ごめんなさい。薬を飲まなかったから痛みで眠れなかったわよね」
 手にしてきた灯りをリョウの枕もとに置くと、少し眩しかったのか、リョウが目を細めた。
「のどが渇いたよね。今、水をあげるわ。それと、夕食も作ってあげる。なにか食べたいものはある?」
 リョウは片時もあたしから目を離そうとしなくて、それだけでもあたしを警戒していることが判ったの。