真・祈りの巫女145
 あたし、枕もとにおいてあった水差しを傾けて、リョウの口をほんの少し湿らせてあげた。リョウはゆっくりと唇を動かして、それだけでずいぶん渇きが癒されたみたい。目の焦点も少しずつ合ってきているようで、さっきよりもずっとしっかりした目線であたりを見回していたの。
「俺の……家……?」
「そうよ。リョウの家のリョウの寝室よ。リョウ、あなたは自分の家に戻ってきたのよ」
 このとき、リョウはやっとあたしの存在に気がついたみたい。あたしの顔に目の焦点を合わせて、まだ希薄な表情で、そう言った。
「……誰だ、おまえ」
「え……?」
 一瞬、あたしはなにを言われたのか判らなかった。でも、きっとよく見えないだけなんだって、ほとんど反射的にそう思ったの。
「ユーナよ、リョウ。よく見て。リョウの婚約者のユーナよ。まだ目がちゃんと見えてないの?」
 その時、急にリョウの表情が変わったんだ。今までの希薄な表情から、何かに驚いているような顔に。それとほぼ同時にリョウは突然身体を起こそうとした。でもリョウは全身傷だらけだったから、すぐに苦痛の表情を浮かべてベッドに倒れてしまったの。
「リョウ! 急に動いちゃダメよ! 身体に怪我をしてるのよ。傷が開いちゃうわ!」
「おまえは誰だ! どうして俺のことをその名前で呼ぶ! いったい俺をどこに連れてきたんだ!」
  ―― リョウの目は、真っ直ぐにあたしを見ていた。驚いたような、怯えたような、怒っているような表情で。リョウの目は見えない訳じゃない。ちゃんとあたしのことを見て、それなのにあたしのことが判らない。まさか ――
「リョウ……記憶をなくしてしまったの……?」
 目を見開いたまま、リョウは言葉を失った。
「あたしのことが判らないの? ユーナだよリョウ。リョウが20歳になったら結婚するって約束した、婚約者のユーナ。忘れてなんかいないよね。だってあたしたち、あんなに固く約束したんだもん。リョウがあたしのことを忘れるはずなんかないよね!」