真・祈りの巫女127
 影と和解することなんて考えもしなかった。でも、あたしは本当にそうすることができるの? リョウを殺して、父さまと母さまを殺して、オミに消えない傷を残した影と。
 あの、言葉で言い表せないほどの悪意と邪念を秘めた影の気配。あの影と意識を通じさせて、影の願いを聞くことなんか、あたしにできるの?
  ―― できない。あたしはぜったいに影を許すことなんかできない。
 だって、影はあたしのリョウを殺したの。あたしが、世界で1番大切に思ってた、あたしの世界そのものだったリョウを殺したの。リョウが死ぬ前だったら……ううん、それでもあたしは影を許せない。だって、影はあたしの大切な両親を殺して、大切なマイラを殺して、大切なライとオミをあんなに辛い目にあわせたんだもん。
 あたしの中に、大きな憎しみの心が育っていることに、あたしは気づいた。今まであたしは誰かを憎んだことなんかなかった。だから誰かを憎むことがどんなことかなんて、あたしは知らなかった。でもそれは紛れもなく憎しみの心だった。
 同時に気づいたの。どうやったらリョウがいない心の穴を埋めることができるのか、って答え。この空白を影への憎しみで埋めたらいいんだ。たくさん憎んで、その憎しみの力で影を倒すことができたら、あたしはきっとこの悲しみから立ち直ることができるよ。
  ―― だってリョウがいないんだから。あたしの心の中を愛情で満たしてくれていたリョウは、今はもういないの。この空っぽの心の中を満たしてくれるものって、リョウの愛情がなかったら、もう憎しみしかないよ。……影だけじゃない。あたしは自分自身だって憎まずにいられないんだ。
 今、判った。悲しみよりも憎しみの方が、人に力を与えてくれるんだ、ってこと。誰かを憎む心は重くて、苦しくて、すごく醜いけど、でも今あたしを生かしてくれるのは憎しみだけなんだ。今まではどうして人が憎しみを持つのか判らなかった。人の愛情から遠ざかって、孤独になって、それでも憎しみを捨てられない人がどうして存在するのか。
 愛情を失った空白を、憎しみは埋めてくれる。新しい生きる力をくれる。そして……やがてあたしも思うのだろう。この憎しみを失って、生きる意味を失うことこそが恐ろしいと。