真・祈りの巫女126
 神殿の扉を入る頃には、あたしは宿舎に帰らなかった言い訳を考えることに成功していた。守護の巫女はあたしに「できるだけ祈りを捧げて欲しい」って言ってたんだもん。あたしは帰りたくなかったんじゃなくて、守護の巫女のいいつけを守ろうとしてたの。でも、祈るための道具を何も持たずにきてしまったから、それはすごく苦しい言い訳にしかならなかった。
 聖火を絶やさないためのろうそくだけは祭壇に常備してあったから、あたしは長いろうそくを1本だけ選んで火を移した。その前で膝をついて、祈りの姿勢をとる。何もかもが略式で、それでなくても今は気持ちが不安定だったから、あたしはなかなか祈りに集中することができなかった。
  ―― 影は、あたしを殺すためにこの村に現われた。それは祈りを捧げるあたしが、神様に寄り添うことで意識を広げて、それで感じることができた影の執念。影はなんて言ってただろう。そう、影は「祈りの巫女を殺せ、祈りの巫女を滅ぼせ」って言ったんだ。
 祈りの巫女、はあたしの名前だけど、厳密にはあたしだけの名前じゃない。今この村にいる祈りの巫女はあたし1人だったけど、過去には11人の祈りの巫女がいて、それぞれ別の名前をもってるんだ。影は「ユーナ」ではなくて、あくまで「祈りの巫女」と言ってた。「祈りの巫女が我らの世界を滅ぼす」って。
 不意にその考えに行き当たって慄然とした。もしかして、影は単にあたしを狙ってきたんじゃないのかもしれない。影はあたしを殺そうとしてるんだと思ってたけど、もしかしたらそれだけじゃなかったのかもしれないよ。だって、あたしが死んだって、何10年か何100年か先には、また新しい「祈りの巫女」がこの村から生まれてくるんだもん。
 それとも、あたしよりも前に生まれた11人の祈りの巫女のうち、影の世界を滅ぼした誰かがいたの? ……ううん、影は「我らの世界を滅ぼす」とは言ったけど「我らの世界を滅ぼした」とは言わなかった。それは過去に起こった出来事じゃなくて、現在起こっているか、あるいは未来でこれから起こる出来事なんだ。
 もしもそれが現在起こっていることで、知らない間にあたしが影の世界を滅ぼそうとしていたのなら、あたしが祈ることを止めれば影は襲ってこなくなるのかもしれない。もしもあたしが影と意識を通じさせることができて、影に「もう2度と祈らない」と約束すれば、この先誰も犠牲にならずに平和を取り戻すことができるかもしれない。