真・祈りの巫女118
 災厄に祈りを捧げていた時神殿で見た光景を、あたしは守護の巫女に話し始めた。神様の意識に寄り添いながら、意識を拡大して、やがて影の意識を捉えたこと。その邪悪な意識が「祈りの巫女を殺せ。祈りの巫女の匂いを消せ」と繰り返していたこと。2度目の災厄の時の祈りで、あたしはその臭気にあてられたように気を失って、記憶をなくしてしまったこと。あたしの祈りがまったく影に通じなかったことと、影が言う「祈りの巫女の匂い」というのが、おそらくマイラや両親やリョウの存在だったんだってこと。
 影の目的は、祈りの巫女を滅ぼすこと。だから、あたしさえいなければ、影が村を襲うことはないんだ。もしも今南の草原にいる影の前に姿をあらわしたら、影はあたしを殺そうとするだろう。もしも影が死んでいなくて、ただ眠っているだけなのだとしたら、影はあたしの存在を感じて目を覚まして、あたしを殺して去っていくだろう。
「悪い賭けじゃないと思うわ。影が生きているかどうか確かめられるし、万が一生きていたとしても、あたしが死ねばもうこの村を襲うことはないもの。……死んでいれば安心して神託の巫女が近づくこともできるし」
「……祈りの巫女、あなた、それを本気で言っているの……?」
 あたしの言葉が終わった時、怒りを押し殺した声色で守護の巫女が言った。
「私に、あなた1人を犠牲にして……あなた1人だけを影の前に差し出せって、そう言ってるの? それをあなたは本気で言うの!」
 そう言ってテーブルを叩いた守護の巫女は、顔を真っ赤にしていた。握ったこぶしは震えていて、それでも怒りを昇華できないでいるのが判る。しばらくは誰もが圧倒されていたけれど、やがてテーブルの端の方にいた神官が声を出した。
「……それは本当なのか? つまり……影が祈りの巫女だけを狙ってるっていうのは。もしもそれが本当だとしたら……」
「黙りなさい! ほかのみんなもよ。このことは誰にも、たとえ家族であってもぜったいに言わないで。もしもそんな噂が村に広まったら、祈りの巫女が影の前に引き出されるか、西の森の沼に放り込まれるかもしれないわ!」
 あたしは守護の巫女の怒りに染まった顔をぼんやりと見上げながら、そういうこともあるんだ、って思ってた。確かに、あたしが西の沼に飛び込んだら、それも1つの解決方法かもしれない、って。