真・祈りの巫女117
 その場が一気に緊張したことがあたしにも判った。びんびんに張り詰めた空気と視線があたし1人に集中している。その空気は恐ろしいくらいで、あたしはこのあいだ村の人たちに囲まれた時よりも更に鋭い恐怖に襲われたの。でも、あたしの心の中の苛立ちは、その恐怖だけではけっして萎えることはなかった。
「影は言ってたわ。祈りの巫女を殺せ。祈りの巫女の匂いを消せ、って」
 恐怖をねじ伏せてそう口にしたとき、あたしは自分がその恐怖に打ち勝ったことを知った。すっと、頭の中が澄んだようになって、物事のあるべき姿が見えたような気がしたの。その「感じ」はすぐに去ってしまったけれど、あたしの中に1つの答えを残していった。
 リョウが倒した1つの影。あたしがその影の前に姿を現わせば、確かめられることがある。もしも影が動かなければ、リョウが村のために精一杯戦って、立派に死んでいったことが証明できる。動ける影があたしを直接殺せるこのチャンスを逃すはずがないもの。影が本当に死んでいれば、リョウの死は無駄じゃなかったって、守護の巫女に胸を張って言うことができる。それに影が死んだことが判れば、村の人が持っている「影が生き返るかもしれない」という不安を消すことだってできるんだ。
 そして、もしも影が動いたら ――
 影が生きていることが判ったら、リョウの死が無駄だったことも立証されてしまう。だけど、その時はもう、あたしはここに生きている人じゃなくなるんだ。影はあたしに襲ってきて、間違いなくあたしを殺してしまうだろう。そして、あたしが死んでしまえば、影が村を襲う理由だってなくなるかもしれないんだ。
 あたしはリョウのところへ行ける。もう、リョウがいない世界に独り取り残されなくてもいいんだ。影はあたしを殺せばきっと満足してくれるよ。だって、影の目的はあたしを殺すことだけで、けっして村を破壊することじゃなかったんだから。
 あたしは、祈りの巫女の責任を放棄することなく、リョウと同じ世界に行くことができる ――
「……説明して、祈りの巫女。それはどういうことなの? 影があなたになにかのメッセージを残したの?」
 少し遅れて、ようやくその緊張状態から抜け出した守護の巫女が、あたしに訊いた。