真・祈りの巫女107
 この道、リョウと最後に登ったのはいつだったかな。そう、確かマイラとライに会いに行って、そのあと母さまに翌日のことを頼みに行ったとき、思いがけず父さまやオミに会うことができて、その帰り道だった。あの日はいつもよりも人の通りが多くて、あんまり落ち着いて話ができなかったんだ。まだあれからそんなに経ってないのに、ずいぶん昔のことだったような気がする。
 その、ほんの1日前だよ。リョウが具体的に結婚の話を進めるから、あたしの両親に会いたいって言ったのは。あたしすごく嬉しかった。それまでちょっとだけ不安に思ってたけど、でもこれからはもう何も心配することはないんだ、って。
 幸せな、すごく幸せなはずのあたしの未来。これから長い時間、ずっとリョウと一緒に築き上げるはずだった、あたしの未来。いったいあたしはどんな悪いことをしたの? まるであたしの未来を邪魔するように現われたあの影たち。あたしはあなたたちにどんなひどいことをしたっていうの……?
 歩いているうちに、いつしかあたしは自分の宿舎へとたどり着いてたみたい。無意識にノックをして、扉を開ける。テーブルには朝食の用意ができてたんだけど、なぜかカーヤはいなくて、あたしは台所を通り過ぎて自分の部屋に帰ったの。机の上には書きかけのままの日記が広げてあって、あたしはさっきこの日記を書いている途中で部屋を出ちゃったんだってことを思い出した。
 あたし、何やってるんだろう。日記は祈りの巫女の大切な仕事なのに、それを途中で放り出して。
 巫女の日記は、巫女が死んだあと神官が物語に起こしてくれる。あたしの日記はあたしが死んだあとに物語になって、ずっと未来の祈りの巫女が読んで勉強するんだ。でも……もしも村に未来がこなかったら、この災厄で村そのものが滅びちゃったら、今あたしが日記をつけることってなんの意味もないんだ。もしも、この村に未来がなかったとしたら ――
 ありえない話じゃないよ。だって、あたしの祈りはぜんぜん影に通じない。襲撃のたびに影の数は増えていて、3回の襲撃でやっとリョウが影を1体倒すことができただけ。それも、リョウが自分の命と引き換えに、やっと倒してくれたんだ。これから先もっと影が増えていったら、狩人にどれだけの犠牲が出るかなんて判らないよ。
 村は、滅びるかもしれない。歴代11人の祈りの巫女と、3人の命の巫女が、命をかけて守り通してきた村が。
 影に狙われたあたしは、リョウの未来だけじゃなく、村の未来すら奪ってしまうかもしれないんだ。