真・祈りの巫女105
 タキはずいぶん急いで山を降りてきたみたいで、少し息が弾んでいた。髪もずいぶん乱れてるから、もしかして寝起きのままなのかな。タキはいつも身なりをきちんと整えてる人だから、たまにそういう姿を見るとおかしいみたい。リョウなら髪に木の葉や小枝が絡まっててもなんとも思わないのに。
 絶句していたタキは、やがて呼吸を整えて、あたしの背中を押すようなしぐさをした。
「とにかく戻ろう。カーヤね、君が突然いなくなったって、血相変えてたよ。どうしてカーヤに何も言わないで出てきたんだい?」
 そうか、そうよね。あたしがいきなりいなくなっちゃったら、カーヤだって心配するよ。あたしはタキに従って山道を戻り始めた。
「ごめんなさい。……でもね、あたし、急にリョウに会いたくなったの。タキはリョウがどこにいるのか知ってるの? たぶん、実家かランドの家だと思うんだけど」
 タキはこの時、わざわざあたしの手を握り直して、そのまま強く手を引いて歩き出したの。まるで、もうぜったいに逃がさないぞ、って決意してるみたい。
「祈りの巫女、昨日ランドが言った言葉を覚えてる? ……リョウは、影の1つと刺し違えて死んだんだ。身体は影につぶされてバラバラになって、見てもリョウだと判らないくらいに変形してる。だから君に会わせることもできないんだ、って」
 覚えてる……よ。だけど、リョウは言ったんだもん。ずっとあたしの傍にいる、って。リョウがあたしとの約束破ったりするはずないよ。
「リョウは、あたしの傍からいなくなったりしないもん。だってあたしはリョウと結婚するのよ。リョウが20歳になったら結婚する約束をしたの。まだリョウは20歳になってないの。それなのに、リョウがあたしの前からいなくなる訳ない……」
「たとえどんな約束をしてたとしても、リョウが死んだのは事実なんだ。生きている人間は、自分がいつ死ぬかなんて判らない。人の寿命を決めるのは神様で、神託の巫女以外の人間がそれを知ることはできない。だから未来を約束することがあっても、それがどんなに信頼できる約束でも、守られないことだってあるんだ。……祈りの巫女、リョウはもう20歳にはならない。彼の人生は昨日で終わったんだ。オレも祈りの巫女も、彼が存在しない時間を生き始めてしまったんだよ」