真・祈りの巫女97
 村に現われた影は、手当たりしだいに村を破壊して、でもほんの短い時間いただけですぐに引き上げていった。本当に一瞬の出来事だったし、村人は全員避難していたから、ほとんど被害は出ていなかったと思うくらい。3体現われた影のうち、2つの影は西側の建物を少し破壊して、1つはなぜか南の草原の真ん中あたりにいた。影たちが言った「祈りの巫女の匂い」という言葉をあたしは正確に理解できた訳じゃないけど、草原は時々花を摘むために訪れた場所だから、影はもしかしたらあたしの残り香のようなものをこの草原に感じたのかもしれない。
 今回もけっきょくあたしは神様に祈りを届けることができなかった。影が早く引き上げた理由は判らないけど、少なくともあたしの祈りが通じたからじゃなかったの。神様はずっと傍にいて、あたしの心の声を聞いていたはずなのに、唯一の願いをかなえてくれはしなかったんだ。あたしがあの時一瞬だけ神様の力を疑ったからなのかもしれない。神様は最後に神様を信じなかったあたしに対する罰として、村を影の思うようにさせてしまったのかな。
 今は、神様を疑う気持ちはない。ただ、自分が何もできないことに絶望するだけだ。
 どうして祈りの巫女は生まれてくるの? 守護の巫女も神託の巫女も、あたしが村の人たちを幸せにするためにいるんだ、って言ってた。小さな頃からあたしはそう聞かされて育った。だから一生懸命修行して、いつかみんなのために役に立てる祈りの巫女になろうって思ったの。祈りの巫女は、本当は人々を幸せにする巫女のことじゃなかったの?
 祈りの巫女は来るべき災厄を退けるために生まれてくる。みんなはそう言ったけど、本当は祈りの巫女が生まれたから、災厄がやってくるんじゃないの?
 あたしは、村の人たちを不幸にするために、この村に生まれてきたんじゃないの……?
 村を救うために、あたしはなんの力にもならなかった。それでも影たちは「祈りの巫女が我らの世界を滅ぼす」と言った。まるであたしが生きていた痕跡を消すように、マイラや両親を殺して村を破壊した。 ―― あたしに影の世界を滅ぼす力なんかないよ。だって、こんな小さな村すら守ることができない、神様に願いを届けることすらできない祈りの巫女なんだから。
 どのくらい、あたしは考えていたんだろう。不意に神殿の扉が開く気配がして、あたしはうしろを振り返った。