真・祈りの巫女87
 ううん、なにもできない祈りの巫女なら、むしろ最初からいない方がずっとよかったかもしれない。最初からいなければ、誰も祈りの巫女に期待なんかしなかった。期待しなければ、絶望することだってなかったんだ。
 父さまと母さまが死ぬことだって、なかったかもしれないんだ。
「……タキ、あたしは落ち着いたから大丈夫。少しだけ外に出ていてくれる? 祈りを捧げたいの」
 あたしの様子がタキの目にどう映ったのかは判らないけど、タキは微笑を浮かべて、1回だけ扉の方を振り返った。
「ああ、判ったよ。……実はもう1度村へ行こうと思ってたんだ。だけどあの様子じゃ祈りの巫女が独りで外へ出るのは厳しいからな。どうしようか」
 確かに、祈りを終えたあたしが神殿の外に出たら、またあの村人たちの傍を通ることになる。タキが心配するのはよく判ったけど、それよりあたしはタキが今なぜ村へ行こうとするのか、そっちの方が不思議だったんだ。まさかあたしがマティの店を気にしてたからじゃないと思う。そんなこと、今ぜったい知らなきゃいけないことじゃなかったし、それよりあたしの傍にいてくれる方をタキは選ぶはずだって、あたしは思い込んでいたから。
 タキは、何を置いてもあたしを選んでくれる。そう思い込んでしまうくらい、あたしはタキを信じて、頼っていたんだ。
 自分の指が無意識のうちに髪飾りをなでていたことに、その時あたしは気づかなかった。
「祈りはそんなに長くないと思う。タキにも休んで欲しいし、村へ行くのを少しだけ待ってくれればいいわ」
「そう、だね。……判った、そうしよう」
 タキが何かを決心したようにそう言って、そのあと笑顔で手を振って神殿の扉を出て行ったから、いくぶんほっとしたあたしは祭壇に向きあって祈りの準備を始めたの。
 いつもの祈り。ろうそくに聖火を移して、螺旋を辿りながら神様との距離を近づけていく。目を閉じて手を合わせると、神様の気配が間近に感じる。タキに教えてもらった名前を神様に伝えながら、傷を負った彼らができるだけ早く癒されるようにと祈りを捧げる。
 あたしに寄り添う神様の気配は、何か大切なものがぽっかり抜けてしまっているような、ひどく心もとない感じがした。