真・祈りの巫女84
 今夜日が沈んだ直後、みたび影が襲ってくる。その時刻、神殿の敷地の中に村人が全員避難することは不可能じゃない。今まで影はそれほど長い時間村にとどまってはいなかったもの。影が去ってからみんなが村にもどって眠ることはできるはずなんだ。
 神殿の敷地の中に、起きている村人を一定時間避難させることは可能なんだ。眠っている村人は無理だけど、起きている村人なら。だって、あたしの襲名の儀式が行われた3年前、ほとんどすべての村人が神殿前広場に集まっていたんだから。
 あたしは村の人たちを言葉で煽ってしまうのを恐れて、視線で守護の巫女に訴えた。守護の巫女もあたしの視線の意味には気づいたみたい。だけど何も言わずに目を伏せて、あたしとタキの肩を叩いた。
「道をあけてちょうだい。祈りの巫女が神殿に入るわ。村の平和を祈るためよ。判るでしょう?」
 それまで成り行きであたしに怒りをぶつけていた村の人たちも、今はあたしが祈ることがいちばん大切なんだって、判ったのだろう。タキがあたしの手を引いて歩き始めると、その場所にいた人たちが渋々道をあけてくれる。あたしが人ごみを抜けている間に再び守護の巫女を責める声があちこちから聞こえてきて、でもそれに答える守護の巫女の声はもうあたしには聞き取ることができなかった。
 神殿の扉を開けて、中から閉ざした時、あたしはやっと息をつくことができたんだ。
「祈りの巫女、大丈夫? 怪我はない?」
 あたしがうなずくと、タキもほっと息をついた。
「いきなりで驚いただろう? 少し気持ちを鎮めるといいよ。……やっぱり先に様子を見にくればよかったな。次からは気をつけるよ」
 あたし、筋違いだってことは判ってたけど、目の前にはタキしかいなかったんだもん。タキに訴えるしかなかったんだ。
「どうして? どうして守護の巫女は村の人たちを神殿に避難させてあげないの? だって、村の人たちがいる場所くらいならここにあるじゃない!」
「そうだね。今ちょっと会話を聞いただけだけど、オレにも村の人たちの主張の方が正しいと思ったよ。ただ……現実には難しいだろうな。せめてもう少しみんなが冷静だったらよかったんだけど」
 タキの言葉は歯切れが悪くて、あたしはそんなタキにほんの少しだけ怒りを覚えた。