真・祈りの巫女83
 突然の怒声にさらされて、あたしはただの一言も声を出すことができなくて、タキが人々を落ち着かせようとしているのをうしろからうかがっていた。その様子に気づいて、今まで人波の中心にいた守護の巫女が、必死で人々をかき分けて近づいてくる。あたし、こんなに怒った人たちに囲まれたことって、生まれて初めてだったんだ。最初は判らなかったけれど、だんだん事情が飲み込めてきて、守護の巫女があたしの隣にたどり着く頃にはある程度状況を理解することができた。
 みんな怒っているけれど、その心の中には不安を抱えている。不安で仕方がないから、怒ることでなんとかバランスを取ろうとしているんだ、って。
「やめなさい! 祈りの巫女にはなんの決定権もないわ! 彼女はこれから神殿に祈りに行くところなのよ。それを邪魔するのは村の平和を遠ざけることになるのよ!」
 守護の巫女のよく通る声を聞いて、人々の怒声は一瞬だけ静まったように見えた。
「オ、オレは朝からここにいるが、祈りの巫女が出てきたのは今が初めてだぞ! 真剣に祈ってない証拠じゃないのか!」
「そうだそうだ! 村の平和を祈るのが祈りの巫女の仕事なんだろ?」
「オレたちは巫女や神官を遊ばせるために毎日命がけで働いてるんじゃない! こういうとき身を削ってでも村を守るのが巫女の役目じゃないのか!」
 まるで、あたしが知っている村とはまるで違う村に来てしまったみたい。1つの声が上がると周囲からたくさんの同調する声が続いて、あたしはもう何も考えることができなくなってしまった。耳をふさいで逃げてしまいたかった。だけど、既に人々に囲まれてしまっていたあたしには物理的にも不可能だったし、今ここで逃げ出す訳にはいかないんだって、震える足をなんとか踏みとどまらせたんだ。
「今きこりたちが全力をあげて避難所を作ってるわ! でも、この狭い場所に村人全員を避難させるのは無理なのよ。そのくらいのことが判らないあなたたちじゃないでしょう?」
「だからさっきから言ってるんだ! 避難所なんかどうだっていい。ただ、影が現われる時刻に全員ここにいさせてくれればいいんだ!」
 どうやら、さっきから守護の巫女と村の人たちがもめているのは、今夜の災厄の避難についてらしかった。