真・祈りの巫女76
 カーヤはさっそくオミの世話に必要な道具を用意するために宿舎を出て行って、間もなくあたしとタキに朝食を運んできてくれた。それを食べながら、タキは昨日話せなかった影のことや、村の現状なんかを話してくれたの。その間にもカーヤは宿舎を出たり入ったりして、オミのためにいろいろなものを用意してくれたんだ。どうやらカーヤが人の看病に慣れているというのは嘘じゃないみたいだった。
「 ―― 影が現われる直前には、狩人が村のあちこちにいた。西の森にいたのはそのうち3人で、彼らの話によると、影はやっぱり沼から現われたそうだよ。だけど、その現われ方が不思議なんだ。オレは直接話を聞いてきたんだけど、今でも信じられない」
「沼の中からそれほど大きな生き物が出てきたら、沼の水であたりが濡れるはずだって聞いたわ。でもどこも濡れてなかったって」
「水の中から出てきたんじゃないんだ。影は沼の真上、空中にいきなり現われて、周りの木をなぎ倒しながら森の外に走っていったんだ」
 沼の真上って……。影は何もないところから出てきたの? そんなのタキじゃなくたって誰も信じられないよ。
「空を飛んできたとか、落ちてきたとか……?」
「いや、狩人たちは影は空を飛んでないって断言してる。いきなり沼のすぐ上に姿を現わして、それからゆっくり岸に降り立って、そのあと凄まじい唸り声を上げて走り去ったって。3人の狩人のうち2人はすぐに影を追いかけていったんだけど、1人はそのまま動くことができなかったから、2つ目の影が現われるところも見たんだ。その影の現われ方もまったく同じだった。ただ、姿は少し違うように見えたって、その狩人は証言してる」
 あたしはもう何も言えなくなってしまって、黙ったままタキの話の続きに耳を傾けた。
「最初に現われた影は森から出ると村を北側に回り込むように走っていって、北側にあった畑と近くの家に襲い掛かったんだ。なにしろすごい唸り声がしたから、北側に住んでいた人たちはかなり遠くからでも影が近づいていることには気づいて、家を捨てて逃げ惑った。でも、そのうち何人かの人は逃げ遅れて、家の下敷きになったり、影に踏み潰されたりして命を落とした。……カーヤの弟のクニもその1人だよ」
 ……そうか、カーヤの家は畑を作ってるんだって、前に聞いたことがある。村の北側には畑を作る人たちが多く住んでいたんだ。
「そして、その影に気を取られていた隙に、もう1つの影が現われて、村の南側に回り込んだんだ」