真・祈りの巫女72
 神官の宿舎に怪我人用のベッドが不足している。あたしがそれを聞いて、そう言い出すのは、ごく自然な流れだった。
「オミはあたしの宿舎に運んで。あたしの弟だもの。あたしが看てあげたいの」
 タキはちょっと驚いたようだった。
「祈りの巫女、いくら弟でも、オミはもう13歳なんだろう? 子供ならいざ知らず、大人の男が巫女の宿舎に寝泊りするのは困るよ」
「どうして? だってオミは弟なのよ。それに大きな怪我をしているの。動けない怪我人が間違いなんか起こさないわ」
「そうよね。……タキ、あたしからもお願い。祈りの巫女を弟の傍にいさせてあげて」
 タキは当惑した様子で、しばらく返事をためらっていた。タキの言うことも判るの。神殿には秩序が必要で、たとえ弟だからといって成人した男性を巫女の宿舎に寝泊りさせることが、この先どんな波紋を広げるのか予想できないから。
 だけどあたしは、たとえ神殿の秩序を破ってでも、オミを傍に置きたかったの。今なら神官の宿舎にベッドが足りないことを理由にできる。祈りの巫女の責任よりもオミの方を大切に思ったんだ。
 あたしの精神のバランスが崩れている。普段のあたしだったら、こんな強引なことはぜったいにしないはずだから。たぶん、周りで見ているみんなにもそれが判ったんだろう。カーヤはあたしの意見を受け入れて、タキもしばらくの沈黙のあと、心を決めたようにそう言ったから。
「……判ったよ。オレの一存ではなんともできないことだから、守護の巫女に掛け合ってくる。オレが戻るまではオミを勝手に宿舎に入れたりしないって、約束してくれ ―― 」
 タキが再び駆けていってしまうと、ほとんど入れ違いくらいのタイミングで、オミを乗せた担架が坂を上がってきたんだ。
 あたしは担架に駆け寄って、動きつづけている担架を覗き込んだ。オミの怪我は応急処置は施されているものの、かなりひどくて、傷口を縛った包帯から血がにじみ出ているのが判る。あたしが声をかけると、オミは目を開けてしっかりあたしを見た。
「……ユーナ。……ごめん、ユーナ。……父さんと母さん、守れなくて……」
 そう言ったオミはすごく痛々しくて、あたしはこれからぜったいオミのことを守ろうって、そう決心していた。