真・祈りの巫女68
 扉の向こうから人々の声が聞こえてくる。ひときわ声を張り上げているのは誰かの無事の知らせか、誰かが死んだという知らせを持ってきた人。この騒ぎでは、宿舎には1人も眠っていられる人はいなかっただろう。
「タキ……どうしたの? なにか悪い知らせなの?」
 今、口を閉ざして黙り込んでいる神官は、この村にタキ1人だけだったかもしれない。
「あたしの祈りは何の効果もなかったの? ……昨日よりももっとたくさんの人が死んだの?」
 覚えてる。あたしの祈りが、ぜんぜん神様に通じなかったってこと。再び影がこないように、影が早く村を去っていくように、必死で祈りを捧げたのに。その祈りは通じるどころか、更に影の数が増えてしまったんだ。
「……祈りの巫女、君はどうして2つ目の影のことを知ったの? 祈りを捧げていても村のことが判るの?」
「判るわ。それがどんな姿をしているのかは判らないけど、村を襲った邪悪な気配のことは判ったの。それがどうしたの?」
 タキはまるで時間を稼いでいるみたいだった。あたしに言いづらいなにかを話すのを、できるだけ先に伸ばそうと。
「……最初に現われた影は村の北側に移動していった。狩人たちは村の人たちに知らせると同時に、その影を追って北の方に集まっていったんだ。だから、そのあとにやってきた2つ目の影には万全な構えができてなかった。……狩人たちを責めることはできないと思うよ。彼らだって、まさか影が2つ現われるとは思ってなかったんだ」
 タキの言うとおりだと思う。だって、運命の巫女は、今夜影が2つ現われるとは予言しなかったのだから。
「2つ目の影の行動は完全に村の人の背後を突いてしまった。気が付いたときには道をものすごい速さで東へ向かっていて、引き返した狩人たちは誰も追いつけなかったんだ。そのまま東へ向かった影は、まるで目的を持っているようだったって村の人は言ってた。……祈りの巫女、影は、君の実家を跡形もなく崩してしまったんだ」
  ―― 一瞬、意味が判らなかった。
 タキはあたしの視線を受け止めることはせずに、ともすれば聞き逃してしまいそうな小さな声で、そう言った。
「君の父親と、母親。2人が死んだことが確認された。……影の下敷きになって」