真・祈りの巫女66
 心の位置が神様に近づいていくと、逆に感覚の方は自分の身体から離れていく。心が肉体の支配を受けなくなって、しだいに感覚の密度が薄くなるよう。意識が少しずつ散らばっていって、まずは神殿全体を覆って、扉の外にいるタキ、石段の下にいる守護の巫女、何人かの神官たちの意識があたしの意識に紛れ込んでくる。意識はそれからも拡散を続けて、やがては村全体を覆うほどになっていった。この頃になるともう、あたしは自分がユーナであることを忘れているんだ。そんなあたしの意識を覆うように、神様の気配が寄り添っているのが判る。
 あたし自身の感覚は希薄で、村のすべてを正確に読み取ることはできないけれど、村人たちが不安な一夜を過ごしていることは伝わってくる。かなり多くの人々が眠れずにいるのは明らかだった。あたしは傍らに神様の気配を感じながら、人々の不安を少しでもやわらげられるようにと訴える。神様は言葉を発することはないけれど、あたしの意識を読み取って、理解してくれる。祈りの巫女は人間と神様とをつなぐ掛け橋になるんだ。あたしが村の人たちの思いを神様に届けることで、神様は初めて、村の人たちの心を知ることができるんだ。
 やがて、月は完全に空の真ん中へやってくる。
 その時、村の西の方から、今まで存在しなかった邪悪な気配が現われた。
 邪悪な気配が移動していくと同時に、近くにあった村人の心が不安から恐怖に変化していく。あたしは神様に恐怖の感情を伝えながら、その邪悪な気配を一刻も早く退けてくれるよう、神様に訴える。あたしには神様の感情を読み取ることはできないけれど、その気配はあたしの心を映したように、焦りに満たされていた。西側から北へ進路を移した邪悪な気配が次々と人々の感情を飲み込んでいく。
 あたしの願いは神様に届いていない。やっぱりあたしの力では、この災厄を退けることができないの……?
 人々の恐怖の感情が強くなって、あたしはそれを必死で神様に伝えた。それなのに邪悪な気配が動きを止めることはなくて、北側から今度は東に向かって徐々に進攻してくる。その時、別の気配がまた西の方に生まれたんだ。2つ目の邪悪な気配は、素早く東に向かって進んで、やがて南側から村の中心部へと切り込んでいく。
 恐怖に満たされた人々の感情は、既に村全体を覆い尽くすほどに膨れ上がっていた。