真・祈りの巫女65
 名前がある巫女の中では、この真夜中に起きているのは守護の巫女とあたしだけだった。ほかのみんなは宿舎で眠っているのだろう。見上げると、空の真ん中に丸い月が白い光を放っている。満月の夜はかなり明るいから、もしかしたら今夜は影の姿が少しは見えるかもしれない。昨日の夜明け前は月が沈みかけていたんだ。今日は月影を邪魔する雲もほとんど見あたらなかった。
「異変はまだ起こってないの?」
「村と上の星見やぐらに神官を配置して、影が現われたらすぐにここにも知らせがくるようにしてあるわ。今のところはまだ何も起こってないようよ。……そろそろ予言の時刻になるけど」
 あたしは山の頂き近くにある星見やぐらのあたりを振り仰いだ。ちょうどその時、やぐらの方が少し光った気がしたの。どうやらそれが合図だったみたい。神官のセリがすぐに守護の巫女の近くにきて、耳打ちするような小声で言った。
「守護の巫女、最初の合図だ」
「判ったわ。セリは次の合図を待ってて」
 セリが再びもとの場所に戻るのを見送ることもしないで、守護の巫女はあたしに向き直った。
「祈りの巫女、祈りの準備はできてる?」
「ええ、大丈夫よ」
「そう、それじゃ、祈りの巫女は神殿に入って祈りを始めてちょうだい。2回目の合図は予言の時刻。そして3回目が、村に影が現われたことを知らせる合図になってるの」
 あたしは、タキと一緒に石段を上がって、1度だけあたしの肩を叩いたタキに微笑み返して、独りで神殿の扉の中に入った。
  ―― 神殿の中は、周囲の緊張を映してか、ピンと張り詰めた空気に満たされている。
 あたしは用意してきたろうそくを並べて、祭壇の奥にある聖火を順番に移していく。祈りの所作はいくつかあって、今現実に起きている出来事についての祈りはそれほど頻繁に行われる訳じゃないんだ。そんな稀な動作を辿っているのに、不意に過去にも同じような出来事があった気がしたの。自分がそう感じた理由は判らなかったけれど、今は余計な考えを振り払って、あたしは祈りの力を高めていった。