真・祈りの巫女34
 守護の巫女が説明を始めたと同時に運命の巫女は宿舎を出て行ったから、部屋の中には守りの長老、守護の巫女、タキとあたしの4人だけになっていた。
「夜明け前、西の森の方から唸り声のようなものが近づいてきたの。周囲の人の証言では、今まで1度も聞いたことがないような恐ろしい声だったそうよ。その声で目覚めた人たちが窓から外を覗いてみたら、かなり大きな音がして、まずは森にいちばん近いベイクの家が崩れていった。恐ろしい声を持つ影はつぶれた家を乗り越えて、あっという間に坂を降りてきてチャクの家を同じようにつぶしたの」
 家を押しつぶすほどの大きな獣。あたしにはぜんぜん想像がつかなかった。
「神託の巫女も影と言っていたわ。それは本当に影なの? それとも獣のようなものなの?」
「なにしろ夜明け前だからあたりは暗くて、村の人にも大きな影しか見えなかったの。でも実体のない靄のようなものではないわ。足跡も残っているし、おそらく大きな獣のようなものだと思っていいわね。チャクの家がつぶされる頃には近所に住む人たちはかなり目覚めていたから、すぐに家を飛び出して逃げた人は全員助かってる。でも、そのあとも影はいくつかの家をなぎ倒して、逃げ遅れた人は家の下敷きになってしまったの。この影に壊された家はぜんぶで6軒、下敷きになってしまった人は13人で、今のところ9人が還らぬ姿で見つかってるわ。ライは助け出されたけど、かなりの重傷を負ってる。残りの3人は今のところ発見されてないわ」
 守護の巫女はそうしてあたしに村人の人数だけを教えてくれた。たぶん彼女には、その人が誰なのかというよりも、何人が被害に遭ったのか、その数字の方が重要なんだ。
「実際に影が暴れまわっていた時間はそれほど長くないと思うの。唸り声がしなくなったことに村の人たちが気づいた時にはもういなくなっていて、やがて明るくなってきて見ると、家の残骸と奇妙な足跡だけが残されていた。影はそれきり現われていないわ。報告を受けて、神殿からはすぐに神官を派遣して、怪我をした人の手当てと情報集めをしているの。狩人にも協力してもらって影の正体を探ろうとしているけど、狩人たちもあんな足跡を見るのは初めてで、影の正体はまったく判らないわ」
「守護の巫女、影は家をつぶしただけなの? 人を襲ったり、食べようとしたりはしなかったの?」
「ええ、逃げ惑う人には目もくれないで、ただ家だけをつぶしていったの。だから私にはそれが普通の獣だとは思えないのよ」