真・祈りの巫女29
 聞いてしまうのが怖かった。怖くて、知らず知らずのうちにあたしの身体も震えていた。いつの間にかカーヤも傍に来ていて、あたしのうしろから神託の巫女を食い入るように見つめている。一瞬の静寂に、宿舎の外のざわめきが割り込んでくる。
 神託の巫女は少しだけためらう様子を見せて、だけどそのあとはもう言いよどむことはしなかった。
「村の1番西にあるベイクの家と、その手前のチャクの家は完全につぶれてしまったわ。ものすごく大きな音がしたからすぐに飛び出した何人かは怪我だけで済んでる。正体不明の影はほかにもいくつかの家をなぎ倒して、でもいつの間にかどこかへ消えてしまったらしいの。影がいなくなってからすぐに瓦礫をのける作業を始めたのだけど」
「それで? 誰か家の下敷きになったの? それは誰? マイラとベイクは無事なの? ライは無事なの!」
「判らないわ! 今みんな必死で瓦礫を退けてるところだもの! お願い、祈りの巫女。すぐに彼らの無事を祈って! もしかしたらまだ間に合うかもしれない ―― 」
 マイラたちが壊れた家の下敷きになってる。神託の巫女の言葉を聞いて、カーヤは無言であたしの祈りの道具をそろえに部屋を駆けずり回ってる。宿舎の外は緊張をはらんだざわめきに満たされていて、そうと知覚しながら呆然と立ち尽くすあたしは、まるで心がいくつにも分裂してしまったみたい。自分が今何をするべきなのか判らなかった。笑顔で手を振ってくれた小さなライ。ライを産んだときの幸せそうなマイラの顔と、沼に沈んでいくシュウの微笑みが頭の中でぐるぐる回って ――
 それもほんの一瞬の出来事で、目の前の神託の巫女は目に涙を浮かべてその場に崩れ落ちた。
「 ―― どうして……! 人の命の長さは決まってる。祈りが変えられるとしたら万に1つだわ。でも可能性はゼロじゃない。どうして私には何もできないの……?」
 もうあとも見ずにあたしは宿舎を飛び出した。うしろからカーヤが追いかけてくる気配がする。神殿の前には人だかりがあって、混乱した巫女や神官たちが右往左往しているのが判った。その時、誰かの叫ぶ声を聞いて、あたしは思わず足を止めてしまった。
「ベイクとマイラが見つかったぞ! ……残念だけど2人とも死んでた」
  ―― 立ち尽くしたまま、あたしは少しも動くことができなかった。