時の双曲線・4
 村に残ると言ったオレに、守護の巫女は可能な限りの生活物資を残してくれた。運命の巫女はずっと泣くのをこらえていた。そして、守りの長老は、さりげなく1つの場所を想像させる言葉をオレに残して村を去っていった。
 長老が残した言葉からオレが見つけたのは、今まで存在しないとされていた、1300年前の命の巫女の日記だった。この時代、この村には初めて、祈りの巫女と命の巫女とが揃った。逸る気持ちを抑えて、オレは日記を読み進めていく。彼女の日記は克明で、その時代に現われた怪物をどう退治していったのか、すべての過程をオレは知ることができた。
 この日記がなぜ禁書になったのか、読み進むうちにオレは理解していた。この日記のあちこちには、この時代に存在していた、空間や時間、人の心などを操るあらゆる秘術が記載されていたのだ。もしもこの日記が心やましい者の手に渡ったら、村どころか世界を破滅に導く可能性があった。命の巫女はそれらの秘術を村人の幸せのために使っていたけれど、村の神官や巫女たちのすべてが、彼女のような意志の強さを持っている訳ではないのだから。
 でも、載っていた秘術のほとんどはオレには役に立たないものだった。今現在の村の災厄を退けることのできる術もなかった。ただ1つの秘術を除いては。
 オレがここに残ることを選んで、この日記を読むことができたのが、神の導きだったのかもしれない。
 この日記を手にしたのがオレじゃなかったら、他の神官だったら、この日記もけっきょくは役に立たないひとつの知識に過ぎなかったのだから。
  ―― 迷いがなかったといえば嘘になる。
 秘術はそれを使った者の心を闇に染める。オレの心はその闇に耐えられずに、悪しき呪いを受けるかもしれない。呪いを受けたら、これから先村の神官として生きていくことはできないだろう。
 この力は命の巫女にだけ許された力だ。オレには秘術を操るだけの力はないかもしれない。人が分をわきまえない力を使うことを神は許さない。オレにその力がなければ、秘術を使った瞬間にオレは罰を受けて、神に命を絶たれることになるだろう。