続・祈りの巫女96
 もし、今の季節が夏じゃなくて、北の山という狩場がなかったら、リョウはあたしが思ってたように本当に村を出て行ってしまったのかもしれない。あたしはあの時リョウに、そのままのリョウでいて欲しいって言ったつもりだった。もう、シュウの真似をしなくてもいいよ、って。そう言ったつもりだったのにその思いはちゃんと伝わってなかったんだ。
「北の山の狩りは汚いんだ。いや、別に北の山が汚れているとか、そういうことじゃなくて。……オレたち狩人の仲間でも、今年は北カザムを5頭も狩ってやったんだとか、自慢する奴がいる。だけどそいつは北カザムを殺しただけで、食べてないんだ。オレは、動物を食べてやれない狩をするのが嫌だっだ。冬の北カザムだけだって村の通貨はまかなえるから、オレはただ殺すだけの夏の狩りへは行きたくなかったんだ」
 口を閉ざして、黙ったままだったけど、あたしは言いたかった。リョウ、あなたは悲しいくらいに優しいよ。リョウのこの優しさは、けっしてシュウの真似をしてる訳じゃないよ。母さまが言ってたじゃない。リョウは、人と関わるのが難しくて、でもとても素直な子供だったんだ、って。
「だけど、実際に狩をしてみて思ったんだ。夏の狩りは毛皮のためだけに北カザムを狩る。それはすごく汚いことで、オレにとっても嫌な仕事だった。でも、そういうことをしなければならない時もあるんだ。オレはうまく言えないけど、狩人になったからには、そういう狩りの汚い部分もぜんぶ背負わないといけない。それが狩人の責任なんだ。……ユーナ、オレは独りで生きるだけなら、その日の食料になる分だけ動物を狩れば生きていける。生きている獣に命がけの勝負を仕掛けて、それに勝った時に初めて明日の命をつなげることができる、そういう生き方でいい。でも、誰かと生きようと、誰かを守ろうと思ったら、それだけじゃ済まされないんだ。オレ独りなら着るものだって動物の毛皮で十分だけど、産まれた子供にやわらかい布を着せてやることはオレにはできない。誰かを守るってことは、そういう汚い仕事もできる強さがなければいけないんだ」
 そう言葉を切ったそのとき、リョウは初めて振り返っていた。リョウの笑顔は薄闇の中でもはっきり判るくらいキラキラしていて、あたしはまたドキドキしてきちゃったんだ。
「北の山に行ってよかったと思う。オレも誰かのために何かが出来るんだって、自信が持てるようになったから」