続・祈りの巫女89
 最初、黙ってリョウの部屋に入ってしまったことがちょっと後ろめたかったけど、リョウの顔を眺めているうちにいつしか忘れてしまっていた。目を閉じて眠るリョウは何の表情も浮かべていなくて、耳を澄ましてもほとんど寝息が聞こえないくらい静かだった。狩人は動物に気配を悟られちゃいけないから、普段もできるだけ静かに行動するんだって。匂いを残さないようにお風呂には毎日入るし、だからリョウもきれい好きで、山にいる間に伸びた髭も下の家でぜんぶ剃ってきたみたいだった。
 もともとリョウはそんなにふくよかじゃなかったけど、それにしても少し痩せたかもしれない。黒く日焼けして、無駄な肉がすっかり落ちて、精悍な顔つきになった気がする。それとも日に焼けたからそう見えるだけなのかな。なんだか今までよりもずっとかっこよくなったような気がするよ。
 そうしてしばらく見ていたけど、リョウはぜんぜん目を覚ます気配がなくて、さすがのあたしも少し飽きてしまった。どうしよう、このまま目を覚ますのを待ってた方がいいのかな。それとも、今日のところは諦めて、明日もう1度来た方がいいのかもしれない。
 あたりはそろそろ日が傾いて、リョウの寝室の窓からも夕日が差し込み始めていた。部屋の中はゆっくりと赤く染まっていって、無防備なリョウの顔にも夕日が当たっている。リョウの浅黒い肌に、夕焼けの光が当たって、あたしはまた昼間のドキドキを思い出してしまっていた。やっぱりあたし、リョウのことが大好きだよ。
 ちょっとだけなら、触っても大丈夫かな。
 大丈夫よね。今までずっと目を覚まさなかったんだもん。黙ってたらリョウにだって判らないよね。
 あたし、本当に慎重に、ゆっくり、リョウの顔に近づいていった。息を止めて、間近になってしまったリョウのまぶたを見つめる。ドキドキしながら、そっと、リョウの唇に触れてみたんだ。ちょっと触れただけだったのに、そこからじわっと胸の中が温かくなって、でも少し恥ずかしくて、あたしはそれ以上リョウに触れていることができなくなってしまったの。
 リョウに、キス、しちゃった。なんだかものすごく大切な宝物を手に入れた気分だった。あたし1人だけの大切な秘密。この秘密は、リョウにもカーヤにも、ぜったい誰にも打ち明けないんだ、って。
 なのに、そう思った次の瞬間、リョウの睫毛がかすかに揺れて、リョウは目を覚ましたんだ。