続・祈りの巫女75
 日記は、セーラが死んでしまう前日で終わっている。アサが死んだ翌日からこの日までの日記はほとんど白紙のようなもので、1日中神殿で祈っていたことしか書かれていない。たぶんセーラは日記を書く時間を削って、もしかしたら食べたり眠ったりする時間すらも削って、ひたすら祈り続けていたんだ。アサが守ろうとした村を救うために。
 これはあたしの想像でしかなかったけど、そんなに外れていない気がするの。だって、セーラはジムを失いたくなかったんだもん。怪物が退治できなかったら、やがて神殿も怪物に襲われてしまうかもしれない。そうしたらジムだって死んでしまうんだ。セーラが祈ることで村を救うことができたら、セーラもジムと幸せになれたかもしれない。
 でも、セーラは力を使い果たして死んでしまった。物語の中で、ジムはセーラの亡骸を一晩中抱きしめていた。セーラの日記を読み終えたあたしには、その事実はすんなりと納得できるものだったの。でも、どうしてこの物語を書いた神官は、他の人がちゃんと納得できるような形で物語を書くことができなかったんだろう。この神官は日記を読まなかったの? もしもちゃんと読んでいたら、あたしですら理解できたセーラの気持ちを理解できなかったはずはないのに。
 日記を読み終えた日の午後、タキはあたしのために時間を割いてくれたから、あたしはタキにお礼と、日記を読んで判ったことを大まかに話し終えていた。この日記をタキは以前に読んでいたはずだった。それなのに、あたしが言った「セーラはアサを愛していた」ということに関して、あまり納得していないように思えたの。
「 ―― 確かに祈りの巫女が言うように、セーラの日記にはアサの記述が多いよね。だけどそれは神官であるアサと接する時間が長かったからじゃないのかな。だって、セーラは間違いなくジムを好きだったんだから」
「ええ、セーラがジムを好きだったのはあたしも本当だと思うわ。でも、アサのことも好きだったのよ。だからアサが死んだ時にあんなに悲しんでいたの」
「アサはセーラとは幼馴染だったからね。幼い頃からずっとそばにいた人が死んだらやっぱり悲しいよ。祈りの巫女だってそうだろ?」
 タキの言葉にあたしはシュウが死んでしまったときのことを思った。でも、シュウが死んだのはあたしがまだ本当に小さな頃だったから、タキの言うことに納得できるだけの材料にはならなかった。