続・祈りの巫女73
 セーラの日記もそろそろ終盤に近づいてきていた。セーラ17歳の夏はいつもよりも雨が少なくて、その分暑くて、湖の水位もかなり下がっていた。あとの時代になってからの研究では、それが予兆だったのではないかと言われてる。最初にその怪物が姿をあらわしたのは村の北側で、でもその時にはまだ怪物がどこからどうやってきたのか、ぜんぜん判らなかったんだ。
 物語を読んだときには、すぐにも村人が神殿の山へ避難したように思えたけど、実際セーラの日記を読むと、怪物が現われてから村人が避難するまでに少なくとも5日以上はかかっていた。その5日間で犠牲になった人は60人くらいにのぼる。そのうち約40人は、避難が早ければ犠牲にならずに済んだ人たちだった。
 セーラはその目で怪物を見ていなかった。だから怪物がどんな姿をしていたのかは噂でしか判らなくて、日記にも大きな怪物としか書かれてはいなかった。神殿がある東の山に避難してくる人や、怪我を負って運ばれてくる人たちの混乱の中、セーラは必死で状況を把握することに努めながら、でもほとんどの時間は神殿で神様に祈りを捧げることに費やしていた。
 このとき、村全体でどんなことが起こっていたのか、きちんと把握していた人はおそらく1人もいなかったと思う。セーラの姿を見た村の人たちはみんな「夫と子供の仇を取ってくれ!」とか「この子の怪我を治して!」とか、たった1人しかいない祈りの巫女セーラに向かって自分の願いだけを訴えたの。セーラだって混乱していたのに。そのうちセーラは1日中神殿にこもるようになって、食事と寝る時以外はずっと祈り続けることになってしまった。
 セーラに神殿の外の様子を伝えるのは、神官であるアサの役目になっていた。アサはセーラのために神殿の扉を閉ざして、セーラが外に出なければならない時にはボディガードのようなこともやっていたの。そのアサが、あるとき命の巫女が募った怪物退治に志願することをセーラに話した。その時、セーラとアサは、初めて喧嘩らしい喧嘩をしたんだ。
 今まで、セーラの言うことは何でも聞いていたアサ。そのアサが、セーラの「私のそばから離れるなんて許さない」という言葉を聞かなかった。セーラがなにを言っても気持ちを変えなかった。あたし、心臓がドキドキしてきちゃったよ。だって、セーラの日記はまるで予言のようだったから。セーラはこのときアサが死んでしまうことを知らないはずなのに、まるでそれを予見しているかのように、アサのどんな説得の言葉にも耳を貸そうとしなかったんだ。