続・祈りの巫女70
 タキの話にはなるほどとうなずいたけど、それはあたしが知りたいこととはちょっとだけずれていたから、あたしは一言、そうね、とだけ返事をして、再び日記に目を落とした。日記は物語よりもずっと長かったから、あたしはジムとアサの名前だけを拾うようにして次々ページをめくっていく。3年目になるとだいぶ長い文章も出てくるようになったから、たぶんセーラはこの頃になってやっと日記を書くことに慣れてきたんだ。この頃のセーラの主な日課は、午前中は先輩の巫女や神官にさまざまなことを教えてもらって、午後は村へ出かけていろんな人たちと話をして、夕方神殿で祈りを捧げる、っていうのが多かったみたい。その日おもしろかった勉強のことや、興味深い話をしてくれた人の話が時々書いてあって、そういうものが何もなかった日の日記は「いつもとおなじだった」で済ませていた。
 ジムとアサの話はなかなか出てこなかった。物語では13歳のセーラはもうジムに夢中だったはずなのに、14歳になってもセーラの日記にあんまりジムの名前は出てこなかった。時々出てきても「今日はジムに光の届かない深い森での方角の見分け方を教わった」とか、「毒キノコを籠に入れてジムと喧嘩した」とか、あんまりジムに恋をしている感じの文章じゃなかったんだ。
「ジムとの恋の経緯があんまりないのね」
 あたしが呟くと、今まで黙って見守っていてくれたタキが答えた。
「もうちょっとあとの方になるとけっこう出てくるよ。おもしろくないなら飛ばしたら?」
「それならいいわ。あたし、できるだけ飛ばしたくないの。セーラの小さな変化を見逃したくないから」
 そうなんだ。セーラは日記を人に読ませるためになんか書いてないんだもん。物語ほどおもしろくなくてあたりまえなんだ。あたしが知りたいのはセーラの真実なんだから。本当のセーラはいったいどんな気持ちで毎日を過ごしていたのか。今まで読んだところだけでは、それはあまりよく判らなかったけど。
「ねえ、タキ。もしも退屈ならタキは自分の勉強をしてていいわよ。だいぶ言葉の意味も判ってきたし、1人でもちゃんと読めるから」
 タキは少し考えていたけれど、やがてふっと微笑んだ。
「そうだね、祈りの巫女の邪魔になっても悪いし、隣の部屋で仕事をしているよ。判らないことがあったら遠慮なく呼んでね」
 タキはそう言って、おそらく仕事に必要な本と道具を持って、隣の作業部屋へ引き上げていった。