続・祈りの巫女69
 2代目祈りの巫女のセーラが日記をつけ始めたのは、あたしの時と同じ、巫女の儀式を受けたその日からだった。その記念すべき日の日記から読み始めたんだけど……。この頃のセーラって、たったの1行しか書いてないの。最初の日は「これから毎日こんなの書くなんてかったるい」だった。
「ねえタキ、かったるい、ってどういう意味?」
「うーん、面倒とか、疲れるとかいう意味かな」
「セーラは日記をつけるのが嫌だったのね。次の日のこれは?  ―― ジムのクソッタレ」
「この日はジムと喧嘩でもしたのかな。クソッタレは相手を罵倒する時の言葉だよ。普通女の子が使う言葉じゃない。セーラの日記にはよく出てくるけど、この言葉を物語の中でどう訳すか、オレたちの中でもけっこう議論になったね。 ―― オレたちだって、祈りの巫女に変な言葉を覚えて欲しくなかったし」
 タキは苦笑しながらそう話してくれた。物語は当時の神官が書いたものだけど、中に出てくる言葉は書き直すたびに現代の言葉に置き換えられてて、当時そのままの文章じゃないんだ。そういえば物語のセーラはあんまり口汚い言葉を使ってなかったっけ。それって、タキたち神官があたしに変な言葉を覚えて欲しくなかったからなんだ。
 最初の1年くらいはずっとそんな感じで、日記を読んだだけではその日セーラにどんなことがあったのか、ぜんぜん判らなかった。1年を過ぎる頃にようやくまともな文章も出てくるようになって、でも5行とか3行とか、セーラの気持ちの手がかりになるようなことはあんまりなかった。
「よくこんな日記であの物語を書くことができたわね」
「こういう文章でも、オレたちにはすごくいろいろなことが判るんだよ。例えば『今日は午後アサがヤクの実を届けにきた』ってあるだろ? ヤクの実はこの当時、神官が山へ採りに行ってたんだ。まとめて採ってきたヤクの実をそれぞれの宿舎に配って、各自で精製して油にしてた。今はヤクの実は村で栽培して、宿舎では精製された油を受け取ってるだろ? こんなセーラの日記だって、当時の生活を知る大切な手がかりになるんだ」